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ヤラバレーでワイン三昧④

ワイン作りの歴史が学べる。隠れ家ワイナリー 

イェーリング・ファームはヤラバレーの数あるワイナリーの中でも最も古いワイナリーのひとつ。
ヤラバレーのワイナリーは、初期の頃は、スイス人によって開発された。

ビクトリア植民地初代総督のラトーブの両親は、スイス人。
ラトローブは、学生時代、スイスに留学して奥さんのソフィアと出会っている。

メルボルンの公園地区にあるジョリモントの地名は、ラトローブとソフィアが新婚旅行に出かけた村の名前。

ラトローブ夫妻の関係もあり、スイスとの関係は深い。

イェーリング・ファームはヤラバレーの数あるワイナリーの中でも最も古いワイナリーのひとつ。
1800年代にスイスのデスチャンプス一家によって設立された。

初代のジョセフ・クレメント・デスチャンプスは、ビクトリア植民地の初代総督チャールズ・ラトローブの学生時代からの友人であり、ラトローブ総督の勧誘によって1854年にビクトリア植民地へジョセフのふたりの息子オーガステとルイスと一緒に移民してきた。
彼らはジョリモントのラトローブの公邸に住まわせてもらっている。

その2年後に奥さんのキャサリンともう末の息子クレメントがメルボルンへ到着。
ジョセフは、ワイナリーに適した場所を求めて、ジローンからヤラバレー方面を探索し、1854年にカイネトンで100エーカーの土地を購入してビニャードの育成に入った。
 

霜害や、山火事などの被害と戦いながら、リリデールの地に移転している。
1860年にリリデールの政府による土地の販売が行われジョセフは90エーカーを購入。
オーガステは、リリデールに、ルイスは、オリンダに、クレメントは、マーケット通りにそれぞれワイナリーを設立。
ジョセフ自身は、メルボルンの郊外に土地を購入して小さなワイナリーを作りながら隠居している。

デスチャンプス一家のスイス仕込のワイン製法は素晴らしく、国内や海外で数々のワイン賞を受賞している。
1880年のメルボルン万博では、シャンペンでも受賞している。

メルボルンとジローンの酒場へ毎年6-8千ガロンのワインを納入している。
クレメントのワイナリーではブランデーも年間7000リッターほど生産していた。

1890年頃、ビクトリア植民地は、オーストラリアのワインの60%を生産していた。
1920年代までは順調に生産を拡大していた。その後の世界不況により生産は激減。
多くのワイナリーは牧草地に逆戻り。最期のビンテージワイン生産は、1921年であった。

ヤラバレーをワインペスト病が襲ったという悪いうわさがあるが、そのような事実はまったくない。
ワイン生産の拡大が始まるのは第二次世界大戦後のこととなる。

写真は、キャベネソービニオン・パック3本で$80。
左から 2005年 The Fox Trot
2004年 The George
2003年 Winemakers Selection
 

イェーリング・ファームの良さは、牧歌的な風景にある。

場所は、イェーリングステーションからドメインシャンドンへ抜ける裏道St Huberts 通りにある。Melway275 F11

昔からのワイン作りの道具など珍しいものも見られる。

公式Web

Victor Joseph Clement Deschamps


撮影データ
Canon EOS 5D MarkⅡ絞り優先AE 評価測光 絞りF2.8 1/4000秒 ISO感度 100 露出補正-1 AWB 画質圧縮率 JPEG レンズ EF 24-70mm f/2.8L IS USM
撮影 板屋雅博
 


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