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食物思考~Thought for Food~(1) アボカド編

 人間、どんな状況だってハラは減るのであります。例えば、大失恋してまるで深海魚のように、暗い海の底から上がれない時だって、やはり食べちゃう。それですぐに浮上はできなくたって、とりあえずまた食べる。そしてそれは、ただ単に空腹を満たそうとしているからではないことを私たちは知っています。同時に求めているのは、デリシャスなものを口にすることで味わう至福感であります。前を向いて、上を向いて進むためのパワーですから。

 そのパワーをお手軽にもたらしてくれる果物・アボカドが、オーストラリアの店先にはごろごろ。彼らの使命は、その唯一無二の味わいで私たちに至福の時を与えることであり、決して私たちを傷つけることではありません。しかし残念ながら、中にはその使命を全うできないものがいるのは事実です。


 あのすてきな黄緑色のインサイドを期待しながら彼らに刃を立てたのに、突然やってくる失意の瞬間。飼い犬に手を噛まれるとは!などと、一人で芝居がかった叫び声をあげてしまう私。そう、目の前にあるのは黄緑の宝石などではなく、見るからに不味そうな褐色に浸食された果実。時には虫入りだったりして。

 私はアボカド好きなくせに、グッドワンを選ぶのが下手みたいであります。食べごろを過ぎたものを選ぶどころか、熟れてもいないのに手を出してしまうことさえあります。ちなみにそんな半分に割ってしまったアボカドでも、両面を元のように合わせてラップでくるみ、冷蔵庫に数日間転がしておけば食べられるんですけど、正直、ルーザーな心境は否めません。また、気持ちが沈んでいる時にアボカド選びに失敗したら、深海の岩に重い鎖でグルグル巻きにされてしまうのでは、と以前は自身のコンディションにはめっぽう気を遣う有り様でした。

 そんな気のちっちゃい私が救い主に出会ったのは、ビクトリアマーケット。ある日、私が友人と連れ立って出かけた時のこと。アボカドの山の前で、「どうせ割ってみなきゃ分からないし。」と少々投げやりにピックアップを始めた私。すると友人は店主に、「おいしいの、選んでくれませんか?」と提案。その寡黙な店主は返事をしないまま幾つかのアボカドに手を触れ、「何個だね。」と聞くので、「じゃあ。3つ。」と答えると、さらに手を動かし、「ああ、これもいいな。」なんて呟きながら、選んだものをバッグに詰めて寄こしました。そして突然ニカッと笑うと、「保証するよ、ダメだった文句言いに来いよ。」と言ったのであります。あまりにも自信満々だったので、しばし呆然とした私。「これは!」と思ったアボカドでも見事にハズレ、という経験を数えきれないくらいに持つ私からすれば、そりゃもう驚愕の瞬間でした。失礼にも、「適当なこと言ってら。」と思ってしまうには、店主は堂々としすぎていました。

 そしてその後、全てのアボカドは数日間で、私の少しの猜疑心と期待を店主への尊敬と憧憬の念へと変えたんです。とてもまろやかで美味な、私が求めていたその味でした。まったく感服いたしました。同時にそれからは、「へこんだ時、はたまたアボカド選びに失敗した時でさえ、彼に会いに行けばいい。」という安心感が生まれました。店主の選ぶアボカドを食べたなら、深海魚でなんていられないもの。
 私のアボカド選びの力は、まだまだ遥か遠く彼には及びませぬが、彼のようになれる日を夢見て、今日も店先のアボカドを撫でています。

コメント

以前のコメント

hh   (2009-02-26T18:33:53)
いや、驚いた。軽妙洒脱。貴方がこんな軽やかな文章を綴るなんて・・・・・。 食物思考なんていわずもっともっと各方面に渡る文章読ませてくださいな。遠く貝塚より楽しみにしております。

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私は、一日に一度は市場に行かなければ落ち着かないマーケットホリック。これは、そんな私と食物たちとの四方山話です。

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