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食物思考~Thought for Food~(3) トマト編

 お互い自然体で気負わず、恋に落ちているとも知らずに多くの時間を共に過ごして、気がつけばそばにいた、という関係はよいものです、特に大好きだ~って思ったことがない方が、結果的に長いお付き合いをさせていただくことになりますね、人間とも食物とも。

 トマトと私の関係がそれなのです。ことの始まりは、幼年期にピアノ教室でひたすら歌った「トマトの歌」であったと記憶しております。この童謡をご存じの方は少ないようですが、私はいまでもトマトを見りゃ口ずさんでしまいます。思えば仲人はピアノの先生だったのですね。



 この刷り込みが功を奏して、私は野菜嫌いだったにも関わらず、トマトジュースを飲んですくすくと育ちました。某アニメのドラキュラおじさんが、血の代わりにいつもトマトジュースを飲むことを強いられていましたが、親近感が湧くと同時に、トマトジュースに不平をもらす彼を見ては、「血なんかよりよっぽどデリシャスなのに。」と首をかしげておりました。また、母親が、野菜はあまり食べないのにトマトジュースをガブ飲みする私を見てたいそう喜ぶので、調子に乗って飲みまくっていた気もします。

 小学校中学年くらいになると、トマトジュースとは疎遠になってしまいましたが、代わりにミニトマトが現れました。人間は本能的に小さいものをかわいいとか愛しいとか思うのだそうで、私のミニトマトに対するフィーリングは、やはりそんなものでございました。母の作るサラダに普通サイズのトマトとミニトマトが乗せられていると、ミニトマトのみをつまみ食い。文字どおり、「かわいくって食べちゃいたい!」っていう感じで。その後、私の通った中学校では給食がなかったため、昼ごはんは母の手作り弁当持参でした。弁当にミニトマトが欠かされることはほとんどなく、むしろ彼がいない日には違和感を覚える、そんな日々でありました。



 それから月日が流れても、おたがいの生活スタイルが変わっても、彼は私のそばにいました。シンプルに黒コショウをその身にまとうだけでとても魅力的になる彼や、HEINZブランドのトマトケチャップとして、チップスとのコンビネーションを見せつけてくれた彼、チーズやクラッカーをコーディネイトした彼とも、全ていい思い出を作ってまいりました。 

 ただし、今だから告白すると、一度だけ彼に対して猜疑心が生まれたことがあります。信頼や絆が二人の間に存在する限りは、ルックスにはとんとこだわらない私であったはずなのに、その時、サンドライドトマトとして姿を現した彼に対して湧き上がった嫌悪感は、間違いなく、グロテスクなその容姿ゆえに引き起こされたものでありました。トマト、いや、食物だと確言することさえ私の理性は拒み、ドス黒い感情に満ちた心はしばらくの間、彼を理解しようとする努力を怠りました。一時、絆なんてなんの意味も成さないようにも思われました。

 しかしながら、やはり一緒に歩んできた時間を無駄にはできず、私は正面から彼と向き合う決心をしたのです。そして、私は自分がいかに愚かだったのかを思い知りました。彼はトマトとして大変な飛躍を遂げていたのですから。それまで出会ったどの彼よりも洗練され、それでいて鮮烈でした。現在では、サンドライドトマトのグロテスクだと思えた容姿が、私に不思議とあだめいた印象を与えるのであります。

 本当に、終わりを知らない良好な関係のように思われますので、夢はでっかく目標は高く。この調子でいくと将来は、非常に苛酷な労働で知られているトマトピッキングをオーストラリアの広大なファームで体験し、そこで出会うであろうトマトミリオネアーの農場主とゴールインってことも、あるかもです。
 

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私は、一日に一度は市場に行かなければ落ち着かないマーケットホリック。これは、そんな私と食物たちとの四方山話です。

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