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モナッシュ大学化学科グリーンケミストリー研究所 齋藤 敬准教授 インタビュー

化学者から考える地球の未来

2010年12月05日掲載


『グリーンケミストリー』という地球環境にやさしい化学を専門に研究されている齋藤准教授のレクチャーを拝聴する機会があり、インタビューをさせていただきました。化学者として地球環境に貢献することができるのではないかという強い想いから日々研究されていらっしゃいます。

 

【プロフィール】
齋藤 敬准教授 Dr Kei Saito
モナッシュ大学化学科グリーンケミストリー研究所所属。早稲田大学理工学研究科応用化学専攻・博士課程修了(工学博士)。日本で博士取得後、アメリカ、マサチューセッツ州で新しい学問であるグリーンケミストリーを創始者のもとで学び、2007年より現職。

【グリーンケミストリー】
生態系に与える影響を考慮し、持続成長可能な化学工業のありかたを研究する分野。安価で大量の製品を製造すること、その過程から発する廃棄物の処理は別に考えられてきたが、近年は汚染物質そのものを排出しない化学の発展が重要になってきている。日本においては化学製品に対する環境政策はグリーンケミストリーとサスティナブルケミストリーとを同時に推進することを目的としているので、「グリーンサスティナブルケミストリー」とも呼ばれる。(Wikipedia参照)

◆グリーンケミストリー12カ条
環境に配慮するなどの観点から提唱されている地球環境改善のための対策。
1.廃棄物は「出してから処理ではなく」、出さない
2.原料をなるべく無駄にしない形の合成をする
3.人体と環境に害の少ない反応物、生成物にする
4.機能が同じなら、毒性のなるべく小さい物質をつくる
5.補助物質はなるべく減らし、使うにしても無害なものを
6.環境と経費への負担を考え、省エネを心がける
7.原料は枯渇性資源ではなく再生可能な資源から得る
8.途中の修飾反応はできるだけ避ける
9.できるかぎり触媒反応を目指す
10.使用後に環境中で分解するような製品を目指す
11.プロセス計測を導入する
12.化学事故につながりにくい物質を使う

 

--日々研究されている『グリーンケミストリー』とはどんな学問ですか?

化学の中の一つの学問で、本来化学は物質を作る学問です。たとえばプラスチックや薬ですね。そういうものを作るときは、化学者が設計図のようなものを設計して化学物質を作っています。

今までの目的は「いかに安く簡単に作るか?」を念頭に物質を作っていました。そこに10年ほど前から『グリーンケミストリー』という学問が提唱され、環境について考える必要が出てきました。今までそういった製品を作る際には、毒性物質や劇物など環境に悪影響を及ぼす物質を多量に使用、排出してきていたのですが、安く大量に作ればよかったので誰も気に留めていませんでした。

今後はできる限り環境に良く化学物質を作る必要があるのではないか? 環境に悪いものから作るのではなく、環境に良いものから製造できないか? と考えるのが『グリーンケミストリー』です。

--薬など毒物などを使用して作られているのは人体に良くないですね。

できた薬についてはテストをしていますので、人体には悪いものではないのですが、作る工程において人体に悪い物質をたくさん使用しており、それらが廃棄物として排出されてきていました。今まではそういった廃棄物を気にしていなかったのですが、そういったものをできるだけ使用せずに作ろうというのがグリーンケミストリーです。

--『グリーンケミストリー』を研究しようと思ったきっかけは何ですか?

日本で学位を取ったのですが、その学位が化学の高分子というプラスチックを専門に作る学問でした。そのまま高分子専門の化学者としてやっていくこともできたのですが、あるとき、将来プラスチックの学問がどこまでいけるのか?とふと疑問に思いました。今後石油もなくなってきますし、環境問題がクローズアップされてきていることを考えたときに、アメリカでの『グリーンケミストリー』という始まったばかりの学問を知り、これは化学者として環境問題に取り組める手段ではないかと思いました。

--『グリーンケミストリー』に取り組まれている創始者の方はどんな方で、どんな思いで『グリーンケミストリー』を始められたのですか?

創始者は二人いるのですが、一人は元々ホワイトハウスにいた、日本で言う環境省管轄の大統領補佐官、もう一人が元ポラロイド社の研究員で、二人は元々大学時代の知人でした。

二人がポラロイド社である研究をしたところ、とても環境に良いということが判り、学問としてできないかと考えたことから始まりました。

なぜポラロイド社の研究員が環境問題に取り組んだかといいますと、息子さんがしょうがいを持って生まれてきたときに、自分が今まで使ってきた化学物質が影響を与えているのではないかと考え、できるだけ環境や人体に悪いものを使用しないで、化学物質を作った方が良いのではないかと考えたそうです。

--素晴らしい発想ですね。

そうですね。

大統領補佐官と一緒に研究したことで、大統領が〝グリーンケミストリー賞″を授与することになり、世界的に『グリーンケミストリー』が注目されるようになりました。グリーンケミストリー賞は、環境に良い製品を製造している企業に授与されています。

--先生の現在の活動内容を教えてください。

モナッシュ大学グリーンケミストリー研究所で研究と教育をしています。具体的には授業で教鞭をとったり、私の研究グループで新しい研究をしたりしています。また学生に学位を与えるなど、いわゆる一般的な教員としての仕事をしています。

--今後の取組みや目標は何ですか?

将来は実際に商品・製品になるものを環境に良く作りたいですね。

--実際に生み出された商品や製品はありますか?

モナッシュ大学の研究所からはプロセス(製造工程)が工業化されています。

アメリカやその他の国では、商品化や工業化されているものはたくさんあります。元来『グリーンケミストリー』はプロセスを環境に良いものにするというのがありますので、企業側としては製造工程などを変えることが多いのです。薬の製造方法を環境に良く変えた例は多いですし、ドライクリーニングの方法を変えたりしていますね。また製品で言うとペンキを完全に植物由来のものにしたなどがありますね。

私自身としては「製品」を作りたいと思っています。

--本当に地球の環境につながる学問ですね。

環境問題は複雑ですので、なかなか一つの分野ではできないため、様々な環境を考える学問があります。『グリーンケミストリー』は化学者として環境問題を考えることができる学問だと考えています。

--日本の『グリーンケミストリー』事情はいかがですか?

結構進んでいると思います。欧米では大学などのアカデミックな分野主体で行われているのですが、日本の場合はちょっと変わっていまして、化学技術戦略推進機構(JCII)という独立行政法人から始まりました。アメリカで『グリーンケミストリー』が始まったこと聞いて始まったのですが、企業やその研究員が集まって、グリーンケミストリー学会などを開催してディスカッションをしています。

--これから『グリーンケミストリー』の分野を目指す方、ユーザーへのメッセージをお願いいたします。

何はともあれ、変えようと思えば自分から変えようとすることが良いと思います。待っているだけではなかなかできないですし、少しずつしかできないですが。〝とりあえず、迷っているならGO″ですね!
 
私自身もまさかここにいるとは思っていませんでしたね(笑)。研究員としてこちらに来るまでは、モナッシュ大学のことも知りませんでした。アメリカの研究室を修了後、帰国することもできたのですが、日本では私くらいの年齢で研究室を持つには数年かかるのもあったのと、モナッシュ大学で教員募集をしているのを知って、こちらにきました。

--将来は日本でも研究してみたいですか?

機会があれば日本でも・・・とは考えています。やはり日本人ですので、研究結果は日本に貢献したいですね。


◆モナッシュ大学グリーンケミストリー研究所
Monash University Centre for Green Chemistry
URL: http://www.chem.monash.edu.au/green-chem/

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