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“2009 ジャパン・フェスティバル”実行委員長 デービス・啓子さん インタビュー

2009ジャパン・フェスティバル間近!実行委員長が熱 く語ります

2009年5月11日掲載

 

 
【プロフィール】
デービス・啓子
 

1978年渡豪。その後10年間、服飾会社にパターン・メーカーとして勤め、その後3年間は保険会社に勤める。1990年に現在の会社である「JMGツアー」を立ち上げた。1984年に『ジャパン・クラブ・ヴィクトリア(Japan Club Victoria)』に加入。副事務局長、副会長の役職を経て会長となり現在に至る。

インタビュアー・長谷川 潤、武吉 恵理

 

 

--まず始めに、実行委員長を務めていらっしゃる『JAPAN FESTIVAL』について詳しく知りたいのですが。

JAPAN FESTIVAL』というのは、日本の文化、歴史、食べ物を地元の人達にも紹介したいという目的がひとつ。それから、長年こちらに住んでいる日本の方々に昔の日本のお祭りを思い出してもらえるといいなという目的もひとつ。それから、まだ行ったことのない日本の事を、オーストラリアで日本語を学んでいる子供達にも味わってもらえるといいなという目的もあります。色んな意味で、日本の方にもオーストラリアの方にも楽しんでもらえるといいなと思っております。

 

--今年で何年目になるのですか?

今年で10回目になります。

 

--規模的に段々と大きくなっていますね。

そうですね。はじまりは中古品を売るところから始まったのですが、段々と規模が大きくなって…。今は私達の知らないところでも広まって、大きな宣伝をしなくても皆さんが集まってきてくれるようになりました。その分、ちゃんとしなくてはという責任感も随分と強く持つようになりました。私自身が、いつも新しいものを求めていく性格ですし、お祭りは傍から見るものではなく、中に入るものだと思っています。お手伝いをしたり、そういうことによって人と人との触れ合いが出てきますよね。人でも物でも‘繋がり’を粗末にすると絶対にお返しがきますから。人は自分の鏡だと思っているので、人を大事にしていきたいなと思いながら活動しています。

 

--運営されている団体『ジャパン・クラブ・ヴィクトリア(Japan Club Victoria)』は、どんな活動を行っているのですか?

『ジャパン・クラブ・ヴィクトリア(Japan Club Victoria)』(以下:J.C.V)自体の活動は現時点で27年目となるのですが、人の流れと気持ちの流れと文化の流れ、世界の状況も変化しました。27年前はこちらに来た人への情報提供が主でしたが、今はあらゆる手段で情報を入手できるようになりましたよね、色んな場所でより早く。なので、あえて私達が情報提供するものはありません。今の『J.C.V』の活動は、日豪交流の手助けです。日本人はここに住んでいるんだということを知ってもらいたい、覚えていてほしいという存在意義を理解して貰いたいという気持ちでやっています。

 

--『ジャパン・フェスティバル』以外のイベント等は?

公のイベントとしては、2月にメルボルン市からの要請で“大阪フェスティバル”、3月は“moomba festival”、4月は運動会をやっています。


 

--その中で、この517日に開催される『ジャパン・フェスティバル2009』の内容を少しだけ教えてください。

今年の見所は“カラオケ大会”です。是非皆さんに参加していただきたいと思い宣伝もたくさんしました。でも、なかなか人前で歌おうって方がいらっしゃらないんですよ。好きだけど、そんな大勢の前で歌うのはちょっと…って方がほとんどです。去年は小さなステージだったのですが、今年はメイン・ステージでやることになり、皆さんがどういう風に反応してくれるか期待しています。けれど、歌ってくださる方がいないと始まらないので、今年の状況次第で今後続けていくかどうか判断しようと思っています。ハッキリ言ってこれは賭けですね。このコーナーでは、オーストラリアの方に着物を着てもらい日本の歌を歌ってもらったり…そういったいい機会だと思っています。個人的に凄く期待しているコーナーです。それから、小学生の絵画コンテストも開催します。これは‘任天堂’さんにプレゼントを提供していただいて、1位の子にはそれを賞品として差し上げる予定です。去年はヴィクトリア州43校から約500枚の絵が集まり、こちらのコーナーは大成功に終わりました。もし当日足を運べない子供達でも、絵で参加しているという気持ちになってもらえるみたいですね。私自身も、日本の文化に触れようとする子供達の気持ちを知れましたので良い結果でした。ヴィクトリア州も教育長も、もっと子供達に絵を描かせてコンペティションを開催したほうがいいのでは?と思ったほどです。

 

--その他の日本の文化に関してのブースはどんなものがありますか?

毎年定評のある生け花、それから将棋や碁、折り紙、お茶、武芸…それから太鼓。太鼓で始まり太鼓で終わるという感じです。日本で聞く太鼓の音色とは少し感じ方が違いまして、ここで太鼓の音を聞くと、日本の伝統的な音という、違った趣で聴くことができますね。

--定番の屋台もありますか?

ええ、もちろん!それがないと日本の祭りじゃないですからね。たこ焼き、寿司、焼きそば、焼き鳥、うどん…それから和菓子など、選り取り見取りです。皆さん、並ぶのもお祭りの楽しみ方のひとつといった感じで並ばれていますね。

 

--入場料はおいくらですか?

入場料は5ドルですが、12歳以下のお子様は無料です。着物、浴衣を着ている方も無料です。シニアの方も無料となりますし、20名以上のグループは1人3ドルです。遠方からバスで来られる方々もいらっしゃいますので。

 

--来場者の方は、日本人の方とそれ以外の方、どちらの割合が多いのですか?

そうですね…見た限り、割合で言うと7割以上はオーストラリアまたは他国の方だと思われます。

 

--だいたい、どれくらいの来場者数ですか?

去年の来場者が、おおよそ7、8000人です。

 

--その大規模なイベントを何人で運営されているのですか?

7人です。

7人ですか?!その数でこれだけの規模は大変ですね。

7人はこれ以上増やさなくていいのですが、そこから各部門で枝分かれしていますから、そこにサブでサポートしてくれる方が2人ほど居ると凄く楽ですね。今はその展開を考えているところです。しかし、それよりネックなのは‘ボランティア’です。ボランティアをどうするかが常に難しい問題として浮かび上がりますね。今回、当日のボランティアの数は100人と考えていますが、問題は、数ではなく中身なんです。嬉しいことに数は集まるのですが、未経験の方に全てをお任せすることは出来ないですよね。なので、イベントを運営していくというのは、ある程度経験もある大人の方でないと難しいということでもあります。そういった点で、ボランティアという部門が一番頭を抱える問題となっています。私が実行委員長になって今年で3年目なのですが、この部門に関してはもう少しシステム的に対処していかないといけないと感じます。なので、皆さんが小さなことでも何か協力してくれることを切に願っています。

 

--実際にボランティア活動をされていて感じることはありますか?

この『ジャパン・フェスティバル』を始めてから、ボランティア活動の素晴らしさを知りました。自分の職場では、自分の分野の範囲内で自分の好きな人としか会わないですよね。でも『ジャパン・フェスティバル』を始めてからは、色んな分野の方とお話する機会がありまして、お金を払ってもいいと思うくらい様々なことを勉強させていただきました。それから、ボランティアをやっていますと、自分にやる気がないと、相手の方に会っていただけないんですね。お金ではなく、気持ちで「会いましょう」「では実際にやりましょう」となるわけですから。前向きでやる気がない限り対面もしていただけないし、会っていただいたとしても何も発生しません。なので、ボランティアを通じて知り合った方々は皆さんやる気がありますね。私はボランティアをさせていただくことによって、自分のビジネスにもパワーをいただいているように思います。やはり、ビジネスとなるとお金も絡んできますし、たくさんの人と会って交渉したり話をしたり大変なこともあります。ボランティアと出合ってからは、頭を切り替えることや前向きに考えるということを教えられた気がします。「J.C.V」に入ってボランティアすることでエネルギーを貰ったと感じます。ボランティアをしていていると欲得が抜けて素直になることが出来ますね。お金に絡まない人達との付き合いになりますから、欲得を出してしまうとこじれてしまう。お金の価値や物の価値が全く違う世界ですからね。今までの私は、子育てや家庭、仕事で忙しくて決してボランティアをやるような人間ではなかったのですが、ボランティアというのは時間がたくさんあろうがなかろうが関係なく、気持ちだと分かりました。自分の出来る範囲内でやれることを一人一人がやっていってくれればいいと思います。自分が一生懸命やっていると皆がついてきてくれるということを知ることが出来ましたし、本当の人間の価値や人間の付き合いを知ることも出来ました。これはあくまでも自分自身で感じることですが、このボランティアを通じて自分がオーストラリアに来た価値があったと思うことが出来たのです。なので、今後も自分の出来る範囲で続けていきたいと思っています。

 

--『ジャパン・フェスティバル』を運営していて、‘良かったな’と感じる瞬間は?

『皆で同じ目標に向かっていく』…そしてその達成感ではないでしょうか?この祭りに参加したことのある皆さんは分かると思いますが、泣いても笑っても嫌でも‘その日’は来る。告知した以上、例え仕上がってなくても‘その日’は確実に来ます。3月に入った瞬間から様々な作業が押し寄せてきて物凄く忙しくなるのですが、それは毎年発生していることです。それを考えると、「そうか、またこの目標に向かって頑張っているんだな」としみじみ感じることが出来るようになりました。そしてイベントが終わった瞬間に皆で感じる達成感。どんな形で終わったとしても、素晴らしい達成感を味わうことが出来るというのが良い瞬間ですね。それから、このイベントを通じて知り合った皆さんとのリレーションシップです。他の場所では出会うことのなかった方々とお友達になって、時には言いたくないことも言い合って喧嘩もしたりしながらイベントを作り上げていく。その中で出来た人間の触れ合いは本当に面白いですね。

 

--今後の『ジャパン・フェスティバル』の目標は何ですか?

メルボルンに来ている日本人が皆、この『ジャパン・フェスティバル』を通じて、責任を持って日本の文化を皆に伝える、そういう態度を希望します。私達以外にも日本の団体や学校はたくさんありますが、皆さん蚊帳の外から眺めているような雰囲気を感じるんですよ。それをもっと前向きに、この日だけは皆が一致団結して、日本という国の文化の紹介のためにやっていこうじゃないかという体制に変わっていくことが私の理想です。各団体で得意とする分野は違うと思います。それを各々が活かして協力していく姿勢が大事だと思いますので、そうなっていくことが私の願いです。

 

--では最後に、『ジャパン・フェスティバル』に来場される方にメッセージをお願いします。

私達全員ボランティアのスタッフは、この晴れ舞台に約8ヶ月間準備してまいりました。舞台も出し物も食べる物も、そしてたくさんの人出も十分に楽しん頂きたいと思います。見に来るということが、参加していただいている事かなと思います。我々スタッフは全員皆様のお越しを心よりお待ちいたしております。

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