インタビューinterview

日本人ソサエティsociety

佐藤重和・駐オーストラリア日本国大使インタビュー

日本人の良さ 正面から物事に立ち向かう「フェアネス」の精神

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2012年8月8日掲載

 

8月1日にプライスウォーターハウスクーパース・メルボルン事務所内で開催されたアジアリンク主催のパネルディスカッションに参加するため、キャンベラからメルボルンを訪れていた佐藤重和(さとう・しげかず)駐オーストラリア日本国大使にインタビューをさせていただきました。

―メルボルンの印象はいかがですか?
非常に落ち着いた都会といいますか、オーストラリアの中では歴史もあるしシドニーとはまた違ってヨーロッパ的で、世界で一番住みやすい良いところという調査報告もあり、来てみるとそれは実感しますね。街を散歩していると落ち着いた味わいのあるところですね。

 

―メルボルンで思い出深い場所や催しなどはありますか?
メルボルンカップに出席することがありまして、ちょうど日本の馬が出ているときだったので。ああいう雰囲気というのは日本ではなかなか味わえないので非常に思い出に残っています。

―オーストラリアに赴任されて2年になりますが、こちらで一番印象に残っていることは?
印象に残っているのは、食事のディナーの時に英語で「オルタネイト・プレート・サービング」というらしんですけど、チキンと牛肉とかを交互にサーブするんです。これを最初は全く知らないで、私は本当はでかい牛肉よりもこっちを食べたいんだと思うのにそれが全くあたらない。でも、慣れたら適当に交換すればいいんだと言われたのですが、そんなこと知らないので何でこんなサーブの仕方をするのかなと思いました。しかし、多人数の食事の時にはそれは非常に効率的でその中で適当に注文すれば済むということでオーストラリアの人に聞くと合理性があるというんですね。私が驚いていたことに驚いていましたね。他の国にないですね。オーストラリアのユニークなところです。

もう少しシリアスな話をすると。今年はダーウィン爆撃の70周年でもあり、ちょうど戦争から節目の年なんですね。考えてみると日本とオーストラリアって非常に厳しい戦争をしているんですね。そしてその戦後のオーストラリアの対日感情はきわめて悪かった。それが40年、50年の時間を経て、今は過去の歴史を克服してすごくいい関係になっている。だから例えば歴史や戦争に関する展示や催しに出席しても日本人としていたたまれないとか嫌だとかいうことも殆どありません。日豪の関係の中で、そういう難しい関係はあったけれども、我々の先人がそれを克服してこんなにいい関係まで来たって凄いことだと率直に思いましたね。わたしは特にアジア赴任が多かったので歴史の関係は難しいのですが、日豪間では本当にここまで来ているというのは素晴らしいことだと思いました。

 

―オーストラリアの方々が日本についてどう考えていると感じますか?
これはですね、もちろん、ひとくくりに出来ないし、いろんな人もおられるし世代によっても経験によってもいろんな方がおられると思いますけれど。我々大使館で大規模ではないのですが、この何年か調査をしています。いわゆる世論調査ですね。オーストラリアの人の対日感というのを基本的な質問を作ってやっているのですが、その中で出てきている一般的なイメージっていうのは簡単にまとめると非常に長い歴史と文化を持って且つ最先端の技術が優れている。それがいろんな形で調和している国、それが日本だというのが最大公約数的なイメージなんだと思います。そういうものをふまえて日本のことを好意的に見ている人が多くて、心強く思っています。

 

―こういった調査はどれくらいの頻度でされているのですか?
毎年です。なにか問題があったりだとか、いろんな国際関係というのは変わってくるので、そういった移り変わりなんかも把握をしておきたいということで大規模なことはできないですが、ある程度のものが蓄積されるようにとやっています。全体としてポジティブで好意的な反応であること、それは一番重要なことです。

―日本にとってオーストラリアとはどのような国だとお考えですか?
これほど、相互補完的でありいろいろな考え方・やり方は同じ方向を向いている。これはなかなか希有なケースで、経済的には日本はオーストラリアから鉱物資源、鉄鉱石や石炭、それから食料、牛肉や小麦といったものをたくさん輸入しているわけですね。そして工業製品を輸出している。それこそ国のサイズ広さ、人口。いろんな意味での環境といったものが、ある意味これほど両極端かという違いですよね。それだけ自然条件や産業の構成とかそういうものが全く異なる国。それがお互いにうまく補完関係になるそういった国です。他方でいろいろな政治体制ですとかアメリカとの関係ですとか、その国としての方向性・考え方、体制そういったものは非常に似通っていますよね。お互いに与え合う物があってかつ、基本的な考え方は一緒でそういう意味では日本にとって重要な国だし、それだけいい関係を自然に持てる国だと思いますね。

 

―そのなかでメルボルンという都市はどういった役割だと思いますか?
何度かここにお邪魔していますけども、こちらに進出している日本の企業も多いし、そういう意味ではビジネスの拠点として重要な所だと思います。先ほどメルボルンカップの話をしましたけれども、テニスの全豪オープンからF1など文化の中心ということでもありますよね。文化やスポーツの中心になっている。もちろんシドニーはシドニーで役割はあるのですが、メルボルンはビジネス、それから文化・スポーツに於いて代表的な都市だし、そういう方面で日豪関係上果たす役割は大きいと思います。

―今のオーストラリアについてどうお考えですか?
恵まれているといいますか、いい状況にあると客観的に見たら思いますけどね。経済的にもたぶん先進国のなかで、ヨーロッパは厳しい状況にあるしアメリカもそれほど良くはない、また日本も良くない中でオーストラリアはこの20数年間続けてプラス成長ということで経済的にも安定しているし。それからその経済状況の中で労働者の条件も非常に恵まれていますしね。そういう意味では豊かな国だという印象を持ちます。また他方で、客観的に見るとそうなのですが、そこにいる人たちはそれで満足するわけではなく、現政権に対して世論調査なんかをみるとかなり厳しい数字が出ていて、我々から見ると少し贅沢にもみえますね。

 

―今後、日本とオーストラリアがどういった関係になっていけばよいと思いますか?
大変、補完協力関係にあって経済的にはいいパートナーだし、それから政治や安全保障などでもいっしょの方向を見ていて協力をしていくという面が多いので、こうした構図というのは変わることはないと思いますし、基本的にいい形にあるのでこれをさらに発展させて行くし深めていくということですね。これだけ何十年も築いてきた関係ですから、それを着実に深めていくということだと思います。

 

―これまでの外務省の経験の中で印象に残った出来事はなんですか?
出来事ということではないのかもしれないのですが、これだけ長い間外務省で外国を見てきて、ちょうど私が仕事をしてきた間を通して起こったことして大変大きなことは中国の発展ですね。というのも、私は外務省の中で最初に中国語を勉強して、70年代に中国に行ったんですけど、そのころは世界の最貧国の1つですよね。みんな着ている物も貧しいし食べる物も貧しい。大学の宿舎に行っても暖房もろくに無いというような中で狭い宿舎で3人、4人で暮らすというそういう社会です。私自身は中国という国は大変潜在力がある国だから、そういった状況のままではいないだろうという思いはあったんですけども、それがこの数十年でここまでになるとは誰も予想してなかったし、それは結局中国という国の政策が変わったからですよね。政策が変わることによってあれだけの大きな国がこれだけ変わることができた、それは凄いことですね。それに伴っていろいろな問題も出ていますし、良くないこともありますけども。他方で貧困ラインから出て来た多くの人たちが今では活気と豊かさを享持する国になった。これは本当に印象的で且つインパクトの大きなことですね。

 

―今後、オーストラリアの勤務で取り組んでいきたいことは何ですか?
もう、2年になっているので今から急に変わったことをするということではないのですが。当初からこれまでに、これほど広い国なのでいろいろなところに行きたいと思ってたのですが、全ての州に行くことができたので、よかったと思います。日豪関係は良好で、対立して処理しなければならないような難しい問題は殆どないのですが、さらに日豪関係を前に進める上での課題というのはあって、経済の連携協定の交渉であるとか安全保障関係のさらなる強化などいろいろ今あるものをさらに進めるというのはまだまだあるわけで、そういう点では大使館、領事館が一体になって関係が一層強化されるように努力していきたいです。

 

―ところで素朴な疑問なのですが、『大使館』というのは主にどういったことをされているのですか?
ひとことで言えば大使館というのは国と国、中央政府と中央政府との関係を処理するということです。総領事館はそれぞれの管轄区域で領事事務やその地域に関わる業務を行うということなんですね。それに対して大使館は日本国政府とオーストラリア政府との関係でその間の問題なり、一緒に何かをするというときの処理をするというのが基本的な業務です。ですから例えば、両国の間で今も経済連携協定といった協定を結ぶための交渉が行われていますが、こうした両国政府間の交渉があるとそれは大使館が担当します。キャンベラはこの国の首都であり、そこに連邦政府の議会、中央の議会がありますから、その中央政府や連邦議会と接触をして業務を遂行するというのが一番基本的な仕事です。それに加えて日本とオーストラリアの関係というのは大事ですから、オーストラリアという国が今どういう状況にあって、どういう問題を抱えていて、これからオーストラリアがどういう方向を目指しているかということは重要な関心事項です。従っていろいろな方に会ってこれから何をしようとしているか、日本についてどういうふうに思っているか、広い意味で我々は情報収集と言っていますが、そういったオーストラリアの動向を把握するということも大きな仕事ですね。国と国との業務の処理をし、それから相手国の動向について基本的な情報を収集し分析をするということ、そういった業務が中心になります。加えて大使館はキャンベラにありますから、その地域を管轄して邦人の方々への領事業務もあわせてやっています。

―座右の銘または何か大切にされていることはありますか?
広い意味で言えば、オーストラリアの人たちなんかと話していて思うのは日本人は勤勉実直で、この前の震災でもいろいろな世界の評価がありますけども、とにかくまじめにがんばっているというのが世界の評価だろうと思います。広い意味で「フェアネス」と言いますか、そういう正面からフェアに物事に立ち向かっていくというのが日本人の良いところだと思います。我々も仕事でも対人関係でもそういうものを一番大事にしなくてはいけないなと心がけています。フェアネスというと英国紳士の話みたいだけど、日本人って、そういった良さを持ってると思うんですよね。真っ正直であまり器用じゃないかもしれないけども正面からいろんな物事や問題に挑んでいくというのが、我々の仕事なんかでも一番重要なんじゃないかと思います。人間関係の基本だと思うし、器用さとか賢さを求められる仕事もあるし、そう立ち振る舞わなければいけないことはありますけども、基本的な土台というのはそういうところだと思います。

 

―最後にメルボルンに住んでいる日本人の方々にメッセージをお願いします。
これまで何度もメルボルンに伺っていて、その間にこちらに進出した企業の方やずっと住んでおられる方々を含めいろんな人にお世話になったんですが。まず、ビジネスをやっておられる方はオーストラリアの経済は総じてよいのですが、それなりに皆さん大変ご苦労してビジネスをされていることをうかがいました。印象に残っているのは日本の企業の方が、ここまで各企業か海外に進出するとは入社したときは思っておらず、自分がこうした立場になるとは全く思ってなかったと言っておられたことです。そういう意味で、なかなか日本でやってこられたのとは違ってご苦労が多いのではないかと思いますけども、是非がんばってもらいたいと思います。それから、ずっとメルボルンに住んでおられる方や留学生などビジネス以外で来られる方々がたくさんおられると思いますが、日本のことも忘れずに、是非日本の良いところをオーストラリアの人に伝えていただいて充実した生活を送っていただきたいと思います。

 

聞き手:髙阪 竜馬
文・写真:佐藤 全俊

 

駐オーストラリア日本国特命全権大使 
佐藤重和(さとう・しげかず)
東京都出身
昭和24年9月23日生まれ

昭和49年に東京大学法学部を卒業し外務省に入省。
アメリカや中国の大使館勤務、また大臣官房や経済協力局長などを務め
在香港総領事を経て平成22年からは駐オーストラリア大使に。
趣味はスポーツ観戦。

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