Logo for tennis

テニスコラム始めます!

はじめまして!
今月よりGO 豪 メルボルンにて、テニスのコラムを連載することになりました、Raitoです。
これから日本とAustraliaのみならず、世界中のテニスを伝えていきたいと思いますので宜しくお願いします。
このコラムが始まるのと同時に僕のインタビューが公開されているのでそちらの方もチェックして下さい!

メルボルンのテニス王子にスマッシュ・インタビュー

まずは簡単に自己紹介を。
僕は、日本の中学校を卒業し、2007年よりMelbourneにて単身留学しているのですが、一般的な留学と違う事が一つ。
それはテニス留学ということ。
このテニス留学は、午前中に通常通り学校で勉強し、午後は近くの学校と提携しているテニススクールに移動し練習というスケジュールをこなしていきます。
その後大学に進学し、現在は Sport Managementを専攻しています。



さて、本題のテニスの話に。
日本で言えば野球やサッカーほどメジャーではないにしろ、松岡修造・クルム伊達公子・杉山愛、そして今年の1月にMelbourneで行われたAustralian Openでベスト8に進出した錦織圭の活躍により、テニスの事は耳にしたことがあると思います。

今回は日本のテニスの歴史についてお話ししましょう。
さまざまな諸説がありますが、日本にテニスが伝来したのは1880年頃。しかしこの当時は、テニスボールの製造にコストがかかり量産ができなかったため、代わりにゴムボールを用いたテニスが始まりました。それがソフトテニスです。
このソフトテニス、日本やアジアのみならず現在はヨーロッパやアメリカでも行われています。
このソフトテニスで育った選手が後に硬式テニスに転向し、ヨーロッパやアメリカの大会に転戦し、ソフトテニスで培ったドライブで世界の選手相手に対等に勝負しました。清水善造、佐藤次郎・熊谷一弥・柏尾誠一郎らが有名ですね。特に佐藤次郎は、世界ランキングで3位まで上り詰めました。彼の事はまた近いうちにコラムでお話しします。
実はあまり知られていないのですが、1920年に行われたベルギーのアントワープで行われたオリンピックで熊谷一弥・柏尾誠一郎のペアが獲得した銀メダルが日本で最初のオリンピックメダルなのです。

1970年以降には日本にもプロテニス選手が登場します。戦後初のツアープロ、神和住純は1983年に行われた、グンゼワールドテニスで、ロイ・エマーソン、ロッド・レーバー (Rod Laver Arenaの名前にもなっている方です)、ジョン・ニューカムといったトップ選手らを破って優勝しました。

1995年にはコンピューターランキング導入以降、日本人最高のウィンブルドンベスト8を松岡修造が達成、それから17年後の今年2012年には錦織圭がベスト8に進出しました。

かなりざっくりとした説明ですが大体の事は分かっていただけましたか?
あんまりマニアックに話しても読んでもらえないですよねw?
もっと掘り下げた話や、どうでもいいくだらない裏話などは僕のTwitterやブログの方でやっていきましょうかね。

ブログはこちら↓
http://ray-melb.seesaa.net/

Twitterはこちらのユーザーネームです↓
@RayMelb

このコラムではテニスを知らない方でもわかりやすくを心掛けていきたいと思います。
まあそんな風に思っても書いてるうちに熱くなってマニアックになってしまうんでしょうけどw
上の歴史の部分でも細かく書き過ぎて6ページぐらい書きましたからね←
8割ぐらいカットしましたw

こんな感じでなかなかグダグダな内容ですがよろしいのでしょうか?
お気軽にコメント残していってくださいね!

そして、このコラムやインタビューを読んでテニスを習いたい!経験者だけど、Melbourne Parkでテニスがしたいという方!
自分のE-Mailを載せておきますのでぜひメールくださいね!

raito.ray@hotmail.co.jp

では今後ともよろしくお願いします。


コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2026-10  >
日月火水木金土
        01 02 03
04 05 06 07 08 09 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

プロフィール

テニス王子のJust Right!では、選手紹介・ルール・歴史までテニスにまつわることを幅広く紹介していきます。これを読んだあなたも、Australian Openが開催されるMelbourne Parkでテニスを始めませんか?

記事一覧

マイカテゴリー