インタビューinterview

日本人ソサエティsociety

Honda Australia Managing Director and CEO 水野 泰秀氏 インタビュー

「失敗して恥をかくべき」…アツい社長の声を聞け!

2009年6月9日掲載



水野泰秀 Yasuhide Mizuno
 

【プロフィール】
1986年に(株)本田技研工業へ入社。
日本での勤務を経て1995年から1998年にはタイへ赴任。
その後日本へ一旦戻るも、その後2002年には台湾、2005年にはマレーシアへ立て続けに海外赴任、
そして2007年にはホンダ・オーストラリアの社長に就任し現在に至る。

インタビュアー:武吉恵理、綿田知有紀

 


若いうちは、失敗とか恥とか恐れずに何でもやればいい!

 

--まずはじめに、HONDAに入社しようと思ったきっかけは何ですか?

元々バイクや車がとても好きで、どの会社に入ろうかといろいろ検討した後、本田宗一郎氏のポリシーを始め自由な社風、バイク、車、海外展開という点に魅力を感じ、 HONDAを選びました。

 

--海外でのHONDAに対する皆の反応はいかがですか?

国によって違いますね。マレーシアではHONDAブランドのイメージはとても高いです。例えば、新車発表の記者会見の場になると200人くらいのジャーナリストが集まり、目も開けていられないくらい写真を撮られます。街やホテル、空港なんかで「ミスターミズノ!」と知らない人から声を掛けられたりもします。それほど注目度は高いです。タイでもブランドイメージは強いですし、ベトナムでは「ホンダ」と言えばバイクのことを指すというほど浸透しています。それに対してオーストラリアでは、記者会見の場で誰も写真を撮らない…最初は驚きましたね。現地の人々にとって、「HONDA」はまだ、すぐに思いつく日本車ブランドになれていないようです。そこは頑張らねばならないところだと思っています。

 

--HONDAが他社と違う点とは?

HONDAは世界一のエンジンマニュファクチュアラ-でもあり、自動車、オートバイや汎用機等のエンジンを、世界で一番多く作っています。また、人型ロボット ASIMO、飛行機、最近ではソ-ラ-パネルの生産販売と総合モビリティカンパニ-と業容を拡大しています。そして “自分のことは自分で決める”というポリシーも他社とは違うユニークな点です。

--今年はどんな展開になりそうですか?

ニューモデルも投入し、今後もお客さまの期待にお応えできる商品も続々とオーストラリアにやってくる予定なので、ぜひ楽しみにお待ち頂きたいと思います。

 

--多国に赴任されていたそうですが、オーストラリアに来られるまでの経歴を教えてください。

最初の1年間は鈴鹿の工場で研修を受けました。HONDAでは、誰もが実際にラインに入って車を作ることから学びます。その仕事は大変でしたが、エンジンや車輌の組み立てなど、モノ作りを学ぶのは大変面白かったです。それから、静岡の二輪の代理店、その次は総務で人事を経験しました。その後本社へ異動し、1995年から1998年までの3年間はタイ、2002年から台湾に、2005年からマレーシア、そして2007年にオーストラリアへ駐在しています。

 

--アジアからオーストラリアに来られて、アジアとは違う新しい発見はありましたか?

例えばタイでは“気にしないでいい”や“問題ない”という意味を「マイペンライ」と言いますし、台湾語では「メイウェンティ」、マレーシアでは「ティダアパパ」これは僕の嫌いな言葉の一つでもあるのですが、彼らは何を言ってもこの言葉を言いますね。「大丈夫か?」と聞いたとしても必ず「問題ない」と返ってくる。日本人にとってはイライラする返し言葉でもあります。しかし今回は、西洋国家で人種も違うオーストラリア人だから大丈夫だろうと思っていたら…彼らに何を聞いても「ノーウォーリーズ」…オイ!と言いたくなりましたね。

 

--そう!それこそ、とてもオーストラリアらしい返答ですよね。その他にイメージと違った部分はありましたか?

そうですね。僕の中で“オーストラリア人はノンビリ”というイメージがあったのですが、交通規則ひとつをとってみても“自己責任でルールを守る”など、わりと整然としているということにびっくりしましたね。オーストラリアは人も気候も明るくて、思ったよりも安全。それからアジア人が多い。ローカルの学校を訪問した際に、日本語が第二外国語として扱われていることに非常に驚きました。そのわりに街中に日本語を話せる人があまりいないな…というのは、現地に住んでみてわかったことです。

 

--今、オーストラリアから改めて見た日本の感想はいかがでしょうか?

やはり素晴らしい国だと思いますね。日本人に生まれて良かったな…と。食べ物は美味しいし、暮らしも安全だし、例えばご飯を食べたり買い物したりという、当たり前のことが当たり前にできる。ただ、この頃残念なのは、自分たちで枠を決めすぎていて、誰かがその枠を出ると皆でバッシングするという傾向があること。人間は多少枠から出てもいいと思うのですが、今の日本には、どうしても枠にはめようという傾向がありますね。


--今の日本の若者についても何か感じていらっしゃいますか?

遊ぶ時は徹底的に遊んだほうがいいと思いますよ。
最近良く思うのは、若い人にもっと元気を出してほしいということですね。若い時は“無責任”で良いと思います。何も負うものはないと思いますし、いろんなことにチャレンジしていくことは大切です。歳をとれば、仕事でもプライベートでも責任が出てくるので、無責任でいいうちに、色んなことをどんどんやったほうがいいと思います。ありきたりな言葉になるかもしれないけど、少々つまずいて怪我したってところで死にはしませんから。「失敗して恥をかきなさい」と言いたいですね。僕も若い頃、お金は持っていなかったけれど、それでも色んなことに対してチャレンジしていました。今の若い人にはそれが無く、なんだか変にまとまっちゃっている気がします。失敗とか恥とか恐れずに、何でもやればいいじゃないかと思いますけどね。ある意味「大人」なところが多い気がします。恥ずかしい思いをしたって傷ついたって、いくらでも取り返しがつきますよ。所謂“欲望が無い”っていうのが一番寂しいですよ…。いろんなやりたい事、欲しい物をひとつずつ達成したり、手に入れたりするというのが活力になると思います。

 

--では、水野社長が社員に求めるものとはなんでしょうか?

基本的に“車が好きである”という事と“こだわり”です。モノでも自分の生き方でも何でもいいのですが、メーカーでは“こだわりのない人”は厳しいですね。そして、仕事で感情を優先させるのではなく、物事をロジカルに組み立てて、具体的に客観的に判断をする力。それから、オーストラリアは日本とシステムが違うので製造から学ばないのですが、我々はあくまでもモノ作りをしている会社なので、“時間を守ること”は必要不可欠。例えば、製造ラインが8時45分にスタートするなら、その時間にはラインで作業できるようにしていなければならない、さもなければラインが止まってしまい、会社に大きな損失が出るのです。そういったことを理解した上で、時間を守らなければならない。例えばどんなに優秀なオリンピック選手でも、もし試合開始の時間に遅れれば、金メダルは取れないわけです。本田宗一郎氏は「時間は皆に公平である」と言っていました。社長でも誰でも、同じ時間しか持っていません。時間を守るということは、世の中の根本、ベースを理解するということです。
また、特に新入社員には、「なんでもいいからオブザーブ(観察)しなさい。」と言います。ただ漠然と物事を見ていると何も感じません。まず、「なんで?」「どうして?」といつも思うことが大切。そして、オブザーブすることによって答えが出てくる場合があると思うのです。

 

--観察ですね…勉強になります。海外で仕事する上で、語学というのは大切だと思われますか?

言葉はコミュニケーションツールなので、必要だと思います。僕も各国で、まずは語学を習得しました。実際、教科書で学ぶような言葉を街で聞く機会は、ほとんど無いわけですよ。例え机の上で一生懸命勉強したとしても、そんな言葉は役に立たないことが多い。しかし、あらゆる場所に顔を出して、そこで実際に現地の人々が会話している言葉を習得する事が一番役に立つと思います。そういった実践的な語学を習得してほしいですね。

 

--海外生活を上手く送るコツはありますか?

その土地の歴史や文化を学ぶことですね。私はよく博物館へ行っていました。国の歴史を知ると、その国の人の物の考え方を垣間見ることができ、その国を理解できるようになる。また、日本人はいろいろと一方的に言われることも多いのですが、その時にお互いの歴史を知っていれば、正しく議論することができるのです。それから、ローカルの人たちの行く場所へ出来る限り入り込んで行って、疑問を追及すること。例えばオーストラリアだったら、どうやってAFLは始まったのだろう?、どうしてこういうルールなのだろう?…だとか。それらの疑問を解いていくと、オージーという人間が見えてきます。その国を中心に、その国の観点で世の中を見る、いうことができるようになると、海外生活をエンジョイできると思いますね。

--社長ご自身の人生のモットーは?

西郷隆盛の言葉ですが、「 天を相手にして己れを尽くし人を咎(とが)めず、我が誠の足らざることを尋ぬべし 」。とても好きな言葉です。これは、何かをする時に「これをしたら上司に叱られる、僕の評価が落ちてしまう。」などと考えるのではなく、「お天道さまに評価してもらいなさい、いつもお天道さまは見ているのだよ。」と心に留め置けということです。それは、お客様の評価でもあります。私はこの言葉を胸に、仕事をする時はお天道様に向かって、自分として何も恥ずかしくないように、それに加えて“明るく、楽しく、何かひとつこだわりを持つ”といった気持で臨んでいます。


後にも先にも仕事で涙を流したのはこの時だけ。
あれよりキツイことはもう無いかも…と思える体験でした。


--HONDAに入社して、思い出深い出来事は?

「7ヶ月で会社を立ち上げろ」と言われ、2002年の5月に台湾に赴任しました。そこで新しい事務所の扉を開けると、台湾人の女の子が一人居まして…その時点では、その子しか働いていなかったわけですね。その時点では、従業員は1人、販売店はゼロ、工場も無し、そして会社も出来たばかりという状況です。もちろん会社のルールもない。その状況で、2003年の1月にCR-Vという車を現地生産して発売しなさいという指示があったわけです。結局7ヶ月後には販売店を6店舗、従業員は800人にしました。その時の僕の肩書きは営業部長だったのですが、何度も深夜まで働いて、時には夜の2時や3時頃に会議がスタートして終わるのは朝の4時頃、そして朝の8時にはまた、会議といった感じの日々でした…。

 

…聞いただけでも猛烈な日々ですね。

本当に死ぬかと思いましたね。その当時はさすがに飲みに行くどころではなかったです。会議が終わって帰宅する頃には、明け方まで営業しているはずの飲み屋ですら閉まっていましたから。おかげで、“会社をゼロから作る”ということをしっかりと学びました。

 

--そんな経験をする機会はなかなか無いですよね。

僕はHONDAに入社して24年になりますが、仕事が終わって泣いたのはその台湾の時です。台湾にCR-Vを発表する際、会場にCR-Vが現れ、その後ろのスクリーンに映像が出て来るのですが、途中からは涙で見えませんでしたね。そしてその後の夜9時に販売店の灯りが一斉に点いた時も、ポロポロと涙がこぼれ落ちました。それが経験としては一番面白いのではないでしょうか。あれよりキツイ事はもう無いかもしれないな…とは思います。なので、若い人に伝えておきたいのですが、人生のどこかで一度自分のゴムを思いっきり伸ばしてみたほうが良いと思います。それは何でもいいので…例えばスポーツでも仕事でも。その経験があるのと無いのでは全然違ってくると思います。それが自信となって、次の展開が必ず違ってきます。身体壊すまでやれとは言いませんが、やはり‘ストレッチ’は大事。若いうちに限界を知るのは良いことだと思いますね、歳を取るとどうしても出来なくなってくることはありますから。

 

--水野社長のようなパワフルな人になるためには、どうしたらよいのでしょう。

時々、若い人から「水野さんってギラギラしていますよね」と言われるのですが…それって褒め言葉なんですかね?巷では草食系男子なんて言葉が流行っているみたいですが・・・仕事も遊びも、怒られるのを恐れずに思いっきりヤンチャにやっていただきたい!変に大人になる必要は全く無いです。
“自分がなりたいものや、やりたい事を達成するために何をしたらいいのか”…を、若い人たちに更に考えてほしいと思っています。


HONDA AUSTRALIA HP
www.honda.com.au

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