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~日本ダービーの幕開けだ5月26日(日)15:40発走。~そしてフランスはモン・サン=ミシェルへ行ってきました。Un bâtiment ressemblant à Lupin III 『風来坊10周年記念』

2019525日【曜日】、World情報番組HoT Saturday Gypsy のお時間がやってきました。本日もFM大阪、仮設スタジオよりお送りいたします。、司会進行GYPSY TOMO!!34歳・独身♪(^0^ Big Fat Kiss でどうぞ宜しくお願いします。さて今週1週間を振り返るにあたってたくさんの興味深いニュースがありました。『不登校ユーチューバーなど』私個人のニュースもありますが、1番何が本日のColumnで載せたいかと言いますと。こちら!!第86日本ダービーであります。3歳牡馬の頂点を決めるレースが行われます。
Wikipediaより~1932年 (昭和7年)にイギリスの「ダービーステークス」を範として、目黒競馬場にて創設。後に創設された皐月賞・菊花賞とともに「三冠」を構成するほか、3歳牝馬による桜花賞・優駿牝馬 (オークス)を含めて「クラシック競走」とも総称される。第3回より施行場を現・東京競馬場 (府中)に変更したほかは、開催地・距離ともに変更されていない。本競走を優勝することは、日本の競馬に関わる全ての関係者 (ホースマン)が憧れる最高の栄誉とされている。距離は第1回から2400mである。一般的には副称の「日本ダービー」が知られている。この「ダービー (Derby)」は1780年にイギリスでダービーステークスを創設した第12代ダービー卿のエドワード・スミス・スタンレーに由来し、現在は「競馬の祭典」として競馬ファン以外にも広く知れ渡っている。誰しもが1度は聞いたことのあるレース名であると思います。そのレースが行われるんですけど、そこにはギャンブルだけではなくてドラマがあると私は思っております。その解説は次の写真で述べます。



こちらの騎手、お名前が竹之下 智昭(タケノシタ トモアキ)と言います。現在39歳、騎手歴22年目の中堅ですが、このご時世、そしてスポーツの社会は、実力結果主義の世界の為に、現在騎乗機会がほとんどありません。『しいことですが。』近年の外国人騎手がJRA(日本の競馬会)で活躍して稼いで帰るのが本当に多く、弱肉強食の世界の為に竹之下騎手は労しております。今週の騎乗機会も日曜日の日本ダービーのみとなっております。ホントにチャンスがない。可哀想と思ってしまうのですが、スポーツの世界は仕方がない。彼はG1に騎乗するのが人生で回目かな!? 昔の高松宮記念(G1)でリキアイタイカン号に騎乗して以来の騎乗機会であり、且つ 日本ダービーは今回が初めての騎乗となります。騎手人生22年目にして運もあり掴んだ、この機会!!私は、彼の見てるだけでも情が熱くなります。今年はまだ22回しかレースで騎乗してなくて、唯一の勝が今回共に駒を進めてきたヴィント号になります。この日本ダービーにも出れるか分からない状況の中で、分のの確率を突破しての出走18頭に名を連ねる事ができました。竹之下騎手も、39歳で騎手として色々考えてる年だとも思います。引き際ではないかと・・ 私個人的には『ってもらいたい想いです。☆彡』 今日現在(5月25日)18頭中15番人気です。 人気は全くありませんが、令和時代(新時代)の幕開けに相応しい感動ある何かドラマが起こってほしいと思ってます。 平成ではオグリキャップという超有名な競走馬がいました。 有馬記念で誰もが、オグリキャプはピークを越え既に終わった馬だと思われてたんですが、実際は目から飛び出るような感動劇であり、オグリキャップは有馬記念、自身の引退レースに華を添えたのです。それが平成2年でありました。 令和!!是非、私は本当に竹之下騎手に復活してもらいたく思います。 『諦めたらダメだと。チャンスがある限り勝ちに行くのがプロの流儀』本当に26日(日)1540発走、馬番号番に注目しエネルギーを届けてあげてください。 実力主義の世界、でもそこには何らかのドラマがあるのだと信じたい私Gypsy Tomoであります。 


前走のサラ系3500万円以下クラスでの最後の直線の写真。これをハナ差でしのぎ切り、今回の抽選に駒を進め、そして運もあり、出走に名を連ねました。ストーリーとしては完璧にここまで出来ております。『崖っぷちジョッキー躍動!!愛馬ヴィント号』 。

日本ダービー・ゼッケン2番のヴィント号に皆さんの声援を願います。私は自然と弱い人に、崖っぷちの人に目を奪われます。 やはり頑張ってもらいたいって想いになります。もちろん、色んな理由があって今の自分(ご本人)がそういう風になってるのは承知の上では、誰もが同じ条件でありますが、最後まで『一生懸命な姿を人馬共に見させていただきたく思います。』 私は、それを伝えたかった。この日曜日につ『人生のドラマ』があるって事を。 夢にまで見た舞台に上がってきた39歳、の舞台へ竹之 智昭(タケノシタ トモアキ)ジョッキー。どうぞ宜しくお願いします。 お見逃しなくね 526日()1500にはテレビの前でエネルギーヴィント号竹之下 ジョッキーにお願いします。laugh


さあ!!本日の本編は本のみで、もう準COLUMN へと参りたいと思います。皆さん準備はAll set?はできましたか??Are you Ready ? NO ? Yes!? では、行きましょう世界のモン・サン=ミシェル(Mont Saint-Michel)へ行ってちょうだ~い。(^o^)
本日のご搭乗誠にありがとうございます。本機はまずバルセロナへ向かいたい、そして乗り継ぎでパリ空港へと参ります。素晴らしい空の旅をおくつろぎください。



そしてパリに到着して、この写真は翌日の写真であります。この緑色のバスはFLIXバスと言いまして、ヨーロッパでは安いバス会社になります。しかし内装は綺麗なバスで日本のよりも全体的に広々としてます。

車内はこんな感じでした。



そしてモン・サン=ミシェル(Mont Saint-Michel)の駐車場に到着しまして、その駐車場から今徒歩で歩いて向かっております。



こちらが、かの有名な居住空間。モン・サン=ミシェル(Mont Saint-Michel)であります。

~Wikipediaから引用~モン・サン=ミシェル(Mont Saint-Michel)は、フランス西海岸、サン・マロ湾上に浮かぶ小島、及びその上にそびえる修道院である。モンサンミシェルとも表記する。
カトリックの巡礼地のひとつであり「西洋の驚異」と称され、1979年には「モン=サン=ミシェルとその湾」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録され、1994年10月にはラムサール条約登録地となった。



ぞくぞくと観光客がやってきます。フランスといえばここでしょう。ここ左右は食べ物屋さんとお土産屋さんになります。



~Wikipediaより引用~建築物主要部はゴシック様式だが、内部はさまざまな中世の建築方式が混ざり合って構成されている。
教会堂はカロリング期の様式で、身廊はノルマン様式(フランス語版)(11~12世紀)、百年戦争後の1421年に破壊されたロマネスク様式の内陣はフランボワイアン・ゴシック様式(15世紀半ば~16世紀初頭)として再建された。これら周囲を13世紀の重層構造の修道院建築と13~15世紀の軍事施設が取り囲んでいる。ゴシック・リヴァイヴァル建築の鐘楼と尖塔は1897年に完成し、その上に奉られた剣と秤を持つ金のミカエル像は彫刻家エマニュエル・フレミエ(フランス語版)によって製作された。深層部からは、岩山の上に幾層にもわたり建造され続けた建築遺構も残る。

~Wikipediaより引用~地形;ノルマンディー地方南部・ブルターニュとの境に近いサン・マロ湾はヨーロッパでも潮の干満の差が最も激しい所として知られる。潮の満ち引きの差は15メートル以上ある。このため、湾の南東部に位置する修道院が築かれた岩でできた小島はかつては満ち潮の時には海に浮かび、引き潮の時には自然に現れる陸橋で陸と繋がっていた(トンボロ現象)。島の入口には潮の干満時刻を示した表示があり、満潮時には浜に降りないようにと記されている。最も大きい潮が押し寄せるのは満月と新月の28-36時間後といわれており、引き潮により沖合い18kmまで引いた潮が、猛烈な速度で押し寄せる。このためかつては多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としたといい、「モン・サン=ミシェルに行くなら、遺書を置いて行け」という言い伝えがあった。
1877年に対岸との間に地続きの道路が作られ、潮の干満に関係なく島へと渡れるようになった。しかし、これによって潮流をせき止めることとなり、100年間で2mもの砂が堆積してしまった。急速な陸地化(陸繋島化)が島の周囲で進行しており、島の間際まで潮がくることは滅多になくなりつつある。かつての姿を取り戻すべく2009年には地続きの道路が取り壊され、2014年に新たな橋が完成した。



見渡す限り潮は引いてました。



服はウガンダの正装服なもの。頭は坊主(光)



中に入ってカトックの聖地とされてる空間

Wikipediaより引用~歴史;起源
この島はもともとモン・トンブ(墓の山)と呼ばれ先住民のケルト人が信仰する聖地であった。
708年、アヴランシュ司教オベールが夢のなかで大天使ミカエルから「この岩山に聖堂を建てよ」とのお告げを受けたが、悪魔の悪戯だと思い信じなかった。再び同じ夢を見たが、また信じなかった。ついに3度目には大天使はしびれを切らし、今度はオベールの額に指を触れて強く命じたところ、オベールは稲妻が脳天を走る夢を見た。翌朝、オベールは自分の頭に手を置くと脳天に穴が開いていることに気づいて愕然とし、ここに至って大天使ミカエルのお告げが本物であると確信してここに礼拝堂を作ったのが始まりである。
966年にはノルマンディー公リシャール1世がベネディクト会の修道院を島に建て、これが増改築を重ねて13世紀にはほぼ現在のような形になったものである。中世以来、カトリックの聖地として多くの巡礼者を集めてきた。



下から荷物を上げるのに使用されてた滑車になります。



お墓までちゃんとあります。



何気に宿泊施設HOTELもあります。



宿から見る景色はこんな感じになります。



こちらがとあるHOTELの1泊の料金となります。記念の日には良いかもしれません。



どうぞお越しくださいませ。



結構、沖まで歩けます。



この水の水路的なものも近年にできたものです。左側がしっかり流れてました。仕組みでしょうね。



潮が満ちたらこういうことになりますって事です。これも何か魔女の宅急便というか、ルパン三世の漫画の絵ですよね。☆彡



カリオストロの城?みたいな感じでしょう。ホンマそんな世界観にもなりました。『私にとって、ここはルパン三世の聖地って感じでした。』



こちらはパリ市内の地下鉄の駅になります。 まあまあです。めちゃくちゃ汚くも無いし、綺麗でもない。それがパリの地下鉄でした。

モンサン=ミシェルは私は芸術的建築物にあたります。色んな所から自分が気に入った写真が撮影できる。心躍る楽しい場所でした。やはり比類なき建物だし、その取り巻く環境が水(海)、色んな微笑むイメージが湧きあがってきました。このモンサン=ミシェルは少しづつ建物を増やして時間を掛けて建設したものであり、今や大きな観光地(値)になってて、ご先祖様が残した遺跡は、時が経てば大きな価値あるものとけて、素晴らしいサイクルだと感心しました。フランスって凄い観光地ってのは分かりますが、まず一歩目でありました。 雰囲気も安全に感じました。特に怪しい、またジャンキーな人も見なかったので、ヨーロッパの中では、優良に思えました。世界第一位の観光都市であるのが伺えました。

以上をもちまして、本日のColumnからでした。特徴がなくてごめんね。 今日はパパパ~っと作りました。いつもは日間掛かるCOLUMNをこれは日で終了。
また次週お会いしましょう。素敵な日曜日そして、1週間を☆彡事故に巻き込まれる事なく、健康笑顔元気にね。(^^)

blush
Gypsy Tomo 2019!!








 

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