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Mystery Hunter Tomo!! landed in Phnom Penh .{How explain for tragic ending...}

Good Morning ladies and gentlemenenlightened  Boone ~Boone~♫angryと朝のBusに乗りまして、これからカンボの首都、フノンペンへと向かっていきたいと思います。ここで一番値段の高いBUS約$15に乗りまして向かったんですが大したことのBUSでした。でも文句言わずに、さ~旅の出発です~%wink球のてまで行ってQりのQちゃんcoolポッッポ~。」

 

朝9時のバスに乗りまして、これからフノンペンへと行くんですが、写真の通り田んぼです。ひたすら田んぼがきます。♫

 

こうゆう道沿いに家があり、水道とかが無いので、家の前にある凹みに水が雨が結構降ると溜まります。水も色んな用途に使用されてます。(この家の後ろは、ひたすら田んぼ風景です。広大な敷地でした。)

 

とある場所で休憩で~す。田園cheekyひたすら田園frown玉置浩二?(歌いましょう♫石ころ蹴飛ばし夕日に泣いた僕!!surprise♫)

 

ともかく、あちらでは食事を召し上がることのできる。(オシャレナ、プライベートテーブルとなっております。でも周りは田園。)

 

バスに揺られて6時間超でやっとGuest Houseへ着きました。いつも予約せずに旅してるので、今回はこの部屋は1泊$15のところを(私はエアコン使わんから安くしてと値切って)$10で交渉成立♫させてもらいましたYep!!。Siem Reap(シェムリアップ)の時も、関西魂で、値切って結局は$10で1泊で今回も成功で~す。(((o(*゚▽゚*)o))) ありがとうございます。扇風機で本当に十分なんです。逆にエアコンは必要ありませんでした。昼間は暑くても夜になると、タンクトップと扇風機で十二分ですよん。(私は知ってたんですこの気候の特徴を!!キラン(^-^))

 

Bathroomはこんな感じです。結構どこもかしこも、こんな感じの部屋とBathroomです。(実際はあまりお湯が出ないので、シャワーしか何時も使ってませんでした。このトイレは流したら水が溜まらないので、自分でシャワーの頭を持って、タンクに補給してました。いつもね何か問題ありなんです。Guest Houseは、でも何にも問題ありませんよ。☆彡安くて快適快適 in Comfort.)

 

窓の外はと、あまりしっくりきませんがね。(泥棒は入ってこないように、しっかりした窓でした。見た目わ。)

 

 

昔は現役で使用されてましたが、今はリタイヤした。人力車が沢山、捨てられてました。今は全部バイク(カブ)タイプのTUK-TUKなんです。(時代の流れなんですねこれも。今はガソリンで動く方が価値があるんですね。ご苦労さん人力車さんyes

 

これが一般家庭の家です。1ヶ月で1万円以下だそうです。現地の住民の情報から。やはり所得が少ないから、そうなってしまうんですね。(なんか市営住宅みたいです。)

 

さ~、ここからがカンボジアの歴史街道へと入ります。皆さん覚悟は宜しいですか??食事中でないことをお願いします。これが1974年にベトナム戦争の裏で行われてた事実なんです。 Killing fields.

 

This is genocide .... The skulls (How can i say ... Tragedy..)

 

この様な頭蓋骨だけが何層もなって積み上げられてるのです。全国で死者300万人に上るそうです。

 

ここは色んな死者の物が沢山あった場所です。

 

この凹み全部、墓だったんです。これは掘り返した跡です。(当時は死者の臭いがヤバかったらしいです。鼻がもげると表現しましょう。)

 

まだね。このように死者の服や骨の欠片など沢山まだまだあります。雨が降ると浮き上がって来るそうです。ここで管理してる人が今も、骨や服の回収をしてるそうです。(酷くありませんか?本当に考えられません。無差別に虐殺。。。何も罪の無い人を、それも40年前の最近の出来事です。)

 

ここには腕や脚の骨がメインで保存されてます。(可哀想。)

 

彼女らは観光客にお金ちょうだいと訴えてます。が!!これはこの子の親の戦略です。これに同情して、観光客はお金を恵んであげるんです。これも見てて、悲しく思いました。日本は豊です。職がなくても補助がありますが、この国には補助の1つもありません。(どおにか世界を変えたいですね。)

 

この木はKIlling Treeです。当時は銃殺する銃の弾が高くて、殺すとなれば木の頭を打ち付けて子供達を殺害してました。赤ちゃんももちろん殺害されました。全員です!!。それがこの木なんです。木にはミサンガのような物が飾られてます。(ご冥福をお祈りします。m(_ _)m)

 

もおKilling Fieldsでは生々しい物を見すぎて、本当に心が撃たれました。 これから行くところは、当時の収容所です。そこも凄まじかったんですが、一度このTUKTUKで休憩して、向かいました。

 

私も気分入れ替えて,一路、収容所へと向かいます。(いったい何が行われてたのでしょう。Mystery Hunter Tomo!!~世界ふしぎ発見!!)

 

向かってる途中の家は、こんな感じです。これは少しwealthyな家並みです。(門が凄くないですか?厳重ですよコレ。!)

 

さてと収容所へやってまいりました。ここはその1室に辺ります。(見て下さい。)

 

このベットに金具の物があり。床が黒いの.....イメージ出来るでしょうか? そうなんです。私からは言えませんが、拷問なんです。

 

現在は2階からの景色は凄く綺麗なんです。皆さんもお気づきのとおり、ここは元は学校だったんです。それがね。

 

素敵な景色ですね。当時はどのように皆さん見てたのでしょう?平和を願い。生きて解放されることを願ってたに違いないです。でも、現実はそのようには行かなかったんです。

 

廊下!いたって普通です。今は。

 

黒板もボロボロですけど、まだ各教室には数点ありました。。。

 

外から見た外観です。。。まさか、信じられますか?この写真から?

 

死刑前の記念撮影でした。

 

これ全員死にました。殺されました。

 

逃げられないように、足首にはロック(Lock)が掛けられてました。(これはキツイわ。生きてても地獄しかイメージが湧きません。)

 

食事もろくに無し、死を迎えるのみの彼ら。何も罪の無い人々でした。

 

あげくの果ては、骨となり天国へと魂は帰りました。

 

唯一、そのままの状態で残してある棟に入ることが出来ました。ご覧下さい。

 

そくせきで造られた牢屋(豚箱)です。

 

中は1畳ほどですね。番号があり、鉄柵が見えるほどです。

 

その隣もこの通りです。下に見える穴が通気口だけです。

 

実際に私も入ってみました。(もし自分が明日、明後日に殺されると考えたら、恐怖を通り越し、意識が無くなるんじゃないですかね。体と魂が自然と分かれていく、痛みの感じなく、幽体離脱的な。どおなるか実際わかりませんが、この下には細い鎖もありました。これで足か手を繋げられてたんだと思います。)

 

隣の教室は壊されて通れるようになっています。この壁にある穴は銃の跡でしょう。

 

番号です。収容されてる人の、この部屋の中での位置番号でしょう。(生ナマしいですね。名前ではなくて番号で呼ばれて処分されてく。食用肉にされる牛や豚の気分なのかもしれないですね。それを思うと残酷ですね。人間も。考えても答えは出ないです。)

 

中から外への景色です。逃げたいと思ったでしょうね。解放されたい。自由になりたい。もしかしたら辛さのあまりに早く逝きたいと。(ここにいたら言葉や想いが詰まりました。)

 

他の教室も見に行きました。ここはまた違った形の豚箱でした。

 

ドアを開けて拝見させてもらいました。

 

私も中へ入り、黙祷です。何も聞こえませんでしたが、この写真の通りに、光ってのは、神様に当時は見えてたのかもしれないですね。(かすかな可能性を信じて、希望の光に祈りと気力を捧げて。一刻もこの状況を打開したいと。)

 

これが番号が書かれた壁です。この前に人が横になります。通気口も一緒に。(悲しいね。通気口からでも当時は逃げたかったでしょう。)

 

その写真がこれです。ぎっしり人間が並べられてます。この時は、まだ皆、生きてるんですよ。(拷問?食用?虫ですか?)人間は恐ろしいです。意味がわかりません。

 

狩りに行って獲物をしとめてきた。(そんな感じです。)人間が人間を吊ら下げて、やせ細り、目隠しされ、捨てられ(処分され)に行く絵です。つい最近の事ですよ。40年前。

 

もお十分ですね。今では綺麗な花が校庭で咲いてます。

 

ここで起こったこと、そして感じた気持ちは絶対に忘れてはいけない物だと思いました。(人間は自らの手で人類を滅ぼす。そんな事を感じれたからこそ、今度どのように人類は歩まなければいけないか。そんな教訓を得たかの様でした。)

 

今日は2つ、刺激的な場所に行きまして、精神的に疲れました。帰りはボチボチ歩いて街を見ながら次へのスポットへと向かいました。(テクテク♫)

 

途中で、このように自前のエスキーを持ってドリンクを販売してるママに出会いました。観光客が通りそうな道にいました。 (子供2人アカンちゃんがいたんですけど、道の壁際に、写真では撮りませんでしたが。ママは家計に必死です。このように雇われるより自分で仕事をしてる方がお金も良くて頑張ってました。将来のために子供のためにと。)(自分では出来ませんが本当に偉いです。頭が下がります。)

 

シルバーバゴダに行きました。またタイの建物とは違い。新しい物のように感じました。

 

庭のお花が綺麗でしたよ。

 

PALACE(王宮)の方ですが、旧のお正月ともあり入ることが出来ませんでした。(残念。。沈↓)

 

とりあえず柵の外から記念に撮影しました。(カシャ♫いただき(⁰︻⁰) ☝)

 

ここの前の道は封鎖されてて、今日は歩行者天国って日でしたよん。(^O^)

 

記念撮影と!! No Cars over here . This was my way temporary .

 

全体的に新しい建物が多くて、別に写真に撮るまでもないかと思いました。だから、この辺りはあまり撮ってないです。

 

私の近くの市場周辺です。ここを真っ直ぐ行くと魚売り場があります。(スッゲー臭いでしたよ。ハンパなく(>_<))

 

はい通路ですが!通れません。ゴミで塞がれてます。(まだね、ここは首都なんですが、そこまで手が届いてないのが現実です。)

 

電線はとりあえず繋げ状態です。(見た目関係なし、電気さえ家に来たらOK!!。四方八方へ延びろ~。)

 

これはビール(Beer)会社の看板です。同じの4つ連続です。見た目関係なしAgain. (多分ね広告収入が1軒1軒にあるんでしょうね。このAngkorってビールめっちゃおいしいです。ドラフトビールで中ジョッキに1杯50セント(USA)=日本円で50円でした。私、15時から一人で6杯飲んでました。それでも300円ですよ。格安~で旨い~でした。☆彡)

 

翌朝に私はここプノンペンからホーチミンへ向けてバスに乗り旅たっていきました。(ドンドンドン♫ブ~ン↑ブ~ン♫)

 

ここから各地方へと色んなところへ向けてバスは行きます。(結構沢山のバス路線ありましたよ。機会があれば、私は次回、海の方へと行きたいなと思います。カンボジアの海辺は良いらしいですよ。10年以上前からよくカンボジアへ来てる現地で出会ったアメリカ人さんの情報です。(^-^)) いってきま~す。

 

カンボジアの新たな一面いかがでしたでしょうか?この国には世界遺産で有名なアンコールワット(Angkor Wat)もありますが、悲惨な過去も大いにありました。私は全てを知った訳ではありませんが、今回、実際に現場へ行ってみて肌で感じることが少し出来ました。先ほども書きましたが、人間って恐ろしい面も持ってる隣り合わせの生き物だとも強く感じました。「こんにち、私たちは争い事のない平和な世を願ってる。」でも私は思います。当時収容所で閉じ込められて、死を待つばかりの人々は凄くね1日でも良いから、また平和な日、普通の生活に戻りたいと思ったのだろうと...。あくまでも私の憶測ですが、これを教訓に、そして自分への肥やしにして、また一つ成長して頑張って行きたいと思います。

深い話はこの辺にして、次回はアジア最終の目的地smileyホーチミン(Ho chi mine)の写真をUP×2して行きたいと思います。ベトナムね~(´Д` )。ここも長い戦争が繰り広げられてました。今もね枯葉剤によって苦しんでる人々がいてます。 楽しい写真も次回はドシドシ載せて行きたいと思います。では今日も1日Have a good day.  

 

Cheers Mystery Hunter Tomo!!

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