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リトアニア最大の観光地、Hill of Crossesから共にご案内します。Gypsy Tomoちゃんさんの『風来坊10周年記念』

2019年も2月に突入!!ガンガン日々が経ちます。過ぎます~。年加算します~(^o^)v . 日本は真冬でメルボルンは猛暑でしょうね。(笑) どちらとも体調壊さないように。blush 私からの発表は[HOME STAY変わります。] もちろん、ここで何が目的で来てるのか?それは語学(スペイン語)の向上です。泣いても笑っても、後悔せんこと。Gypsy Tomo 34歳(^o^) その中でも楽しくしたいし、モチベーションをも高く保ちたいし、変化球も投げてみたいし、そおいう期間の中でアクションを再び起こします。☆★当たりを引くかハズレを引くかは、神のみが知る。そんな明日の[クジ引き]です。 それ以外は特にニュースを見ても目を引くことは無かったので、今日の前説は、つい最近のこちらの写真5枚から状況などを述べさせていただきます。21日(金)は学校のアクティビティという事でタマリではないですけど、(名前忘れました)こちらの3時のおやつ的なものを作ってみました。学校の先生2人と私の3人で、他の生徒さんは来なくて、3人で素晴らしい時間を共有できました。葉っぱを千切ったり、おまんじゅうではないですが、形を整えたり、包丁でみじん切りしたり、アボガドを切ったり、すり潰したり、充実した料理教室みたいな体験を3人でさせていただきました。もちろん会話はスペイン語!!2人の先生に仲良く会話して、アホな事も述べたりして、これは授業外の先生方のご好意で実現してますので、私も今持ってる語学実力を発揮して2時間一緒に有意義に時間を過ごさせていただきました。もっと写真を撮れるチャンスや映像をもあったんですが、[も~え~かな~(^o^)みたいな]ちょっと先生方との喋りに重点を置いてました。私自身も久し振りに包丁を握りましたし、ヒルトンホテルで教えて頂いた技は0.1出せたかなみたいな(笑)。無事に1722分までいました。17時半の船(最終のボート)乗って対岸のサンマルコスへ行く用事がありましたので、ぎりぎりまで先生方との時間を共有させていただきました。(^o^)v  私も日本人離れした、感覚を振る舞い優しい先生方に恵まれて本当に嬉しい限りです。まあ!!その1枚しかありませんが出来上がりの写真(食べ物)を見て下さい。 [グアテマラCOOKING教室]

これはトウモロコシのすり潰した粉と水と二日酔い体調の悪い時に利く草を練りこんでの、昔ながらのお菓子です。それを約40分ぐらい葉っぱで包んで蒸しまして、 赤色のソースはトマトをすり潰したもので塩を少し入れてのソースであり、緑色の物はアボガドをすり潰して、レモン少し玉葱のみじん切りを混ぜての物です。美味しいか美味しくないかは別として、こおいうグアテマラの伝統の物を口に入れる事自体、素晴らしい体験をさせていただいてるとホンマに嬉しく思いました。 勿論おさらに載ってる物は完食しました。 私Gypsy Tomoはグアテマラに来て4ヶ月目になるんですが、トルティージャという食べ物を毎日食べてます。トルティージャはお腹が膨れるように、おかずを包んで食べるものです。外に働きに出てる方(お父さん)お昼のランチには毎日トルティージャ(トウモロコシのすり潰した物)は欠かさず持ってきております。 美味しい不味いとかではなくて、歴史がある食べ物でマヤの時代からトウモロコシは主食で欠かさず有る。!! 4000年前から、ましてやもっと前からトウモロコシは人々の生活で大いに貢献と活躍をして、食料不足の時もあったでしょうが、トウモロコシの粉と水と葉を混ぜて蒸してお腹を膨らます。 味付けとか、そんな言うてる間も感覚も無かったでしょう(食糧難の時には仮にね)。  グアテマラ来て4ヶ月経つんですが、レストランでも出していただいたトルティージャは全て食べます。 結構食事(食べ物)の事で考えてまして、 こおいう4000年前から利用されてるトルティージャは、心で食べるものだと、そう感じてきました、あの~!! 食べ物は味付けして食べる物、現代の主流99%で、それはレストラン・外食店・家庭の食卓ですが!! 心で味わって感謝して食べる(食する)のも、1%以下だと思います。もお一つの食事だと最近強く感じます(^o^)。 舌で味わっては味はない。  こおいう食べ物って味ではないんだよね。  魂!!の精神への食事!!マヤイズム感覚への栄養!!だと感じます。  日本人で言うと白いご飯にあたると思います。小さい頃は噛んだら甘みが出るから[しっかり噛んで食べなさいと言われました。] 今やご飯のトッピングは何千以上とあるでしょう☆(^-^)。  
結論;何が言いたいか!?(^o^)  食事は味つけして食べる物もあれば、心でいただく口からいれるものもあるんだと言うことだとすんごく強く感じるこのグアテマラでの滞在からでした。  食事!!=命をいただく事。 これは容易ではなく奥が深く感じました。食(歴史)氷山の一角でしょうが、そお心に届いた1メッセージでありました。[食べ物!!]皆さんも、この機会、心で食べてみてはいかがでしょうか? 何か新たな発見があるかもしれません



そして、この日の夕食は60ケタル(日本円約900円)でのSUSHI BUFFETがサンマルコスでありましたので来ました。 こちらでは、このようにこちらで滞在してる日本の旅人さん達寿司作りを手伝ってました(手伝えば無料で寿司が食べれるシステム)。 私は、スペイン人の先生達との料理教室が優先でしたので、SUSHI BUFFETは18時から参加しました。 これも一つの絵ですね。(^o^)

日本人の特徴が出ております。(優しさもったいなさ節約旅の経費を浮かす善意) 彼らが世界を旅して、これ以外(既存の能力以外)にどんな成長・旅から新たな特徴を生み育んで()を伸ばして行くのか?彼らを見てて本当に未来で躍動して欲しく私は強く思った。そんな見つめてた少しの時間でした。(^o^) 『日本人、素晴らしい


彼ら(ボランティアの方々)が15時から作った寿司がお客さんの前に並べられて、セルフサービスで皆さん取って行っております。 これもサークル・公民館スタイルのお食事に見えるけど、グアテマラならではで、新鮮よ。(人生の基礎みたい。協力しあうって感じ(^o^)★)



私の通うLAGO ATITLAND SPANISH SCHOOL(青空学級で目の前は湖)私が調べた8校の中で1番安い学校!!授業料620ケタル(日本円約9000円)週20時間の14時間、11スタイルでの授業体制です。 先生はマリアと言います。 先生が変わりまして、今の先生はストリートの言葉も混ぜての授業だから楽しいです。あっとい間にお昼の12時になってしまいます。楽しい授業であります。

今日の前説は、こんな感じで、ほがらかに(^^),お伝えさせていただきました。 食べ物に寿司BUFFETに学校の風景と、ごく日常のつい最近を現況お伝えしました。 21日には、こちらでは震度弱程の地震あったんですが、その後は地震はありませんでした。アメリカ人の生徒さんは、恐怖でテンションが上がっておられました。(笑) 被害は私の聞くところでは、道路に岩が落下して、時通行止めだったそうです。 以上!! 本日の平和な前説からでした。

それでは準リアルタイムへ早速参りましょう。一緒に旅に行きましょう。(^^)j今日は、十字架の丘へ来ました。ここ近年知名度があがり、バルトの旅行では欠かせないスポットです。どうぞ十字架だらけの本日ですが、ご覧下さい。世界のリトアニア十字架の丘へ行ってQ りのQちゃん。(カリカリ♪ 旨い♪★★☆☆)


wekipediaから引
(リトアニア語: Kryžių kalnas IPA: [ˈkʲrʲǐːʒʲuː ˈkä̂ln̪ɐs̪] 「クリージュ・カァルナス」)は、リトアニア北部、シャウレイの北12kmに位置する巡礼地。リトアニアの観光名所となっている。2001年に『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』のひとつとして無形文化遺産の「代表一覧表」に記載されている。
その発祥は分かっていないが、初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシアに対する11月蜂起の後であると考えられている。数世紀を経て、十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリック教会の巡礼者によって置かれるようになった。十字架の正確な数は分かっていないが、約50,000であろうと推測されている


wikipediaから引用
かつてリトアニアのカトリック信仰は脅威にさらされたこともあったが、数世紀を経て、この丘はカトリック信仰の長い歴史を物語るようになっていった。1795年の第3次ポーランド分割で、リトアニアはロシア帝国の領土下に置かれることとなった。ポーランド人とリトアニア人はロシアに対抗して蜂起を起こした(1831年の11月蜂起、および1863年の1月蜂起)が、いずれも失敗に終わる。これら2つの蜂起はこの十字架の丘の始まりに関係している。反乱兵の家族が、彼らの遺体のかわりに十字架を丘に建てたのである。
1918年、リトアニアは独立を回復。独立期、この丘はリトアニア人が平和や独立戦争での死者たちのために祈る場所となった。
1993年9月7日、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘を訪れ、ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所であると述べた。2000年、フランシスコ会の修道院がこの丘の近くに完成した。内部の装飾は、フランシスコの身体に聖痕が現れたとされるトスカーナのラ・ヴェルナのものと関連している。この丘は未だいずれの管轄にも属していない。そのため自由に出入りし、十字架を建てることができる。


十字架の写真ばかりですが、こんなのがあるという事を見ていただければと思います。どうぞblush








死者が眠る何処へ・・・解き放たれたまえ~。『えい。』



盆地エリアには農業用に使用される美しい川も存在しております。(本当に透き通ってて、なかなか綺麗な感じが伝わりました。ヨーロッパならではな感じがします。)



近くには麦畑。ビールでしょうこれ全部。



これは自分で作った夕食。何処でかは忘れました。独創劇?(笑)肉とパプリカの炒め物。火を通せば。ハイOK!!

リトアニア観光での目的地に無事にこれまして、良かったです。リガからシャウレイに来て、荷物をシャウレイのバスステーションを支払い預かっていただきました。バスは1時間に1本は出てたかな。バーガーキングで食事して、時間調節しまして、十字架の丘へと向かいました。搭乗する際にHILL Cross行きを伝えたら、問題ありません。運賃も安くて知れてる額でしたかな。観光で行く人が沢山いておりますので、心配はなかったです。 つの光景として、こおいうのもあるのだという事。以上です。
Gypsy Tomo 2019は益々元気に活動して経験(体験)して大きな大きなおじさんに成長して行きます。
宜しくね。 それでは今週もお仕事、適度に頑張って素晴らしい1週間にしいてください。
×3
surprisefrownlaughwinkheart


 

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