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EMR(17)

「どうして情報を得たかという点があいまいなものですから」
「ですから、EMRで聞いたんです」
「EMRと言いますと」
 理沙の苛立った声と対照的に、マークの声はのんびり聞こえた。
 理沙はEMRをハンドバックから取り出すと、
「警部さん、これを耳にはめて他人に触れると、その人の思っていることが分かるんですよ。試してみてください」と言って、テーブルの上に置いた。
「ほほう。はじめて見ますな」と物珍しいものを見るように、マークはEMRを手にとって眺めた。
「こうするんですか」と言って、耳にはめて、理沙の腕に触れた。そのとたん、マイクは顔をしかめた。
「警察には、こんな間抜けな警部しかいないのかしら。早く捜査に乗り出さないと、テロ爆破をとめることは出来なくなるわ」と言う、理沙の苛立ちの声が大きく耳に響いたのだから、マークもびっくりしたのだ。すぐにEMRをはずして、
「いやあ、びっくりしましたよ。本当に他人の心が読めるというか、聞こえるんですね」
と、EMRをくるくる回しながら、どこに仕掛けがあるのか調べるように観察した。
 そこでハリーがおもむろに説明し始めた。
「これは僕が発明したもので、今実験段階なのですが、想念の内容は正確にわかるはずです」
「すごいものですね。こんなのが使えれば、犯人の自白を取るのも、簡単ですね」と感心している。
「ですから、このEMRの実験をしている時に、テロリストの声を聞いたんですよ」と理沙が説明をするのを最後まで聞かず、
「分かりました。それでは、お二人からもらった情報は信憑性のあるものとして、早速捜査に乗り出しましょう」と、マークが言った。それを聞くと、今までの緊張感やら焦燥感が消え、「よろしくお願いします」と理沙は素直な気持ちになって、マークに頭を下げていた。
「ところで、これをお借りすることは、できませんか」とマークがハリーに言うと、「いえ、今実験段階ですので、それはお断りします」とハリーはきっぱり断った。マークは残念そうな顔をして、「これをお借りできれば、捜査もしやすくなると思うんですが」と言ったが、ハリーは「まだ、特許もとっていないものですから」と、同意しなかった。理沙は、貸して上げればいいのにと思ったが、ハリーを説得する自信がなくて、黙っていた。話が終わった後、ハリーはマークに「このEMRのことはまだ公表したくないので、内密にお願いします」と言うことを忘れなかった。
 マークは、「それじゃあ、また何か思い出したら、こちらに電話してください。僕の携帯番号が書いてありますから」と、ハリーと理沙に名刺を一枚ずつ手渡した。
 その時突然理沙は省吾が聞いた情報を思い出した。
「役に立つかどうか分かりませんが、ムハマドが昼間会った男と話している会話を友人にEMRを使って聞いてもらったんです」
「何か、新しい情報が入りましたか?」と、マークが聞いた。
「アバスという名前がよくでてきたそうです。アバスがテロに関係しているかどうかまでは分かりませんが、一応調べられたらいいと思います。あ、そうそう。一番大事なことを忘れていました。ムハマドとムハマドが会った男の写真を友達が撮ってくれて、私の携帯に送ってくれました」
「それは、助かります。ちょっと、その携帯を貸してもらえますか」
「いいですよ」
 それから、待たされたため、理沙が警察署を後にしてハリーに送ってもらってマンションに帰りついた時は、午前様になっていた。理沙はこれで自分の責任を果たしと思い、その晩はぐっすり寝た。
 翌朝、理沙は寝室のカーテンからもれて来る朝日で目を覚ました。時計を見ると九時五分になっていた。あれからどんな捜査が行われたのか知りたかった。ニュースで聞けるかもしれないと思い、枕もとの目覚まし用のラジオをつけた。
「では、最初の質問者はジョンさん。イースト先生へのご質問をどうぞ」と若い女の声が聞こえてくる。
「イースト先生。おはようございます」
「おはようございます」
「僕は今5万ドルくらいの貯金があるのですが、これを株に投資しようかと思っているのですが、優良株を教えてください」
 なんて馬鹿なことを聞く奴だろうと理沙は思った。イースト先生がそんなぼろ儲けできるような株を知っていたら左手団扇で暮していて、ラジオの経済情報の解説しているはずないんだってばと思いながら、周波数を変えてみた。とにかくニュースをやっているところはないかと探していると、一日中ニュースを流しているラジオ局に周波数が合った。
「野党のトニー・アボット党首は、ギラード政権が二酸化炭素排出量によって税をとるというのは、国民の家計を圧迫するものであると、与党を非難しています。それに対して・・」
 ああ、また政府と野党の喧嘩かとうんざりした。まあ、若い有名なアメリカの某歌手がメルボルンに来て、有名な商店街、チャペル・ストリートで買い物をしたというくだらないニュースよりはましかと思いつつ、起きた。 
 結局、メルボルンでテロ爆破計画未然に防止なんていうドラマチックなニュースは聞かれなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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