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EMR(25)


次に入って来たのは、ゆうに百キロはありそうな大男だった。背も百八十五センチぐらいはありそうだ。いかつい顔をしていて、刑事と言うより、プロレスラーを思わせる。
「レイ・スミスですが、林理沙さんですね。何か、情報を提供してくださるとマーク・クロフォードから聞きましたが・・・」
 理沙は同じお芝居をした。
「はい、実は夕べ母とスカイプを使って話していたら、電話が混線したようで、『確かに一月十七日午前八時に、メルボルン・セントラルを自爆します』と言う男の人の声が聞こえてびっくりしたんです。刑事さん、こわいんです。助けてください」と言いながら、レイの腕を握った。すると、レイの心の声が聞こえてきた。
「一月十七日と言うと、明日だな。今調査している情報と一致している。時間は午前八時となると、ラッシュアワーだな。事前にテロリストを捕らえない場合は、この情報をマスコミに流して、人々に警告を与える以外ないな」
 レイは冷静な声で理沙に向かって言った。
「その男の声に何か特徴は、ありませんでしたか?」
「特徴と言われても、ざわざわしている中で聞いた声なので・・・」と、理沙がいかにも何かを思い出そうとしているようなふりをすると、
「それじゃあ、何か思い出したら、すぐに私に連絡してください。どんな些細なことでもかまいませんからね」と、彼も名刺を置いて出て行った。
「どうだった?」とハリーがまた聞いた。
「あの人も、情報を信じたわ」
「そうか。すると、後残る三人が怪しいわけだ」
 話している間もなく、次のノックが聞こえて、三人目の刑事が入って来た。
 入って来た男を見て、理沙もハリーも驚いた。その男が髭を生やしたアラブ人だったからだ。浅黒い顔。細いが鋭い人を射るような黒い目に、太い眉。そして、真っ黒な短い髪。いかにも中近東の人と言う感じだ
 一瞬あっけにとられた二人を見て、その男は、
「どうされたんですか?ははあ、僕がアラブ人なので、びっくりしたようですね。僕はイマード・サイードと言います。テロ対策部門の刑事です。僕は、アラビア語が話せるので、この部門で重宝されているんですよ」と理沙とハリーに自己紹介をした。
「ところで、あなたは林理沙さんですね。そして、そちらがハリー・アンダーソンさん」と、二人の顔を見ながら言った。
「マークの話では、何か情報提供してくださるとか・・」
 理沙は慌てて、イマードの手を取って、お芝居を繰り返した。
イマードの心の声がすぐに聞こえてきた。
「なんだ、この女は。人の手を気安く握って。混線して聞こえてきただと?どこにそんな間抜けなテロリストがいるんだ。ガセネタに違いない。しかし、どこからテロの決行日を手に入れたんだ?マークがもらしてしまったのかな?俺は、残念ながら、お前さんの情報は信じられないね」
 心の声とは裏腹に、イマードは丁寧に理沙に情報提供の礼を言った。
「こちらで、その情報の追跡調査をします」
「刑事さん。明日テロ攻撃があるんなら、メルボルン・セントラル駅には近づかないほうがいいでしょうね」
「いや、絶対そんなことにならないようにしますよ。だから安心してください」と自信ありげに言った。しかし心の声は、口からでた言葉とは全く違ったことを言っていた。
「明日までにテロリストを見つけるなんて無理だろうなあ。でも、そんなことを言えば、警察の信用に関わる。そんなことは思っても口には出さないことだ」
「それでは、僕はこれからすぐに調査をすすめますから、これで失礼」と、風のようにさっさと部屋から出て行った。
「あの人も、スパイではなさそうね。思っていることと口に出すことは、随分違っていたけれど」
「僕はあの刑事を見たときは、てっきり彼がスパイだと思ったよ。だって、アメリカで、米軍に勤めていたアラブ系の精神科医が、基地で拳銃を乱射して何人も米兵を殺したという事件があっただろ?あの事件を起こした精神科医はいつもアラブ系だというので、他の兵士からいじめられて、突然切れたんだってことだけど、あの刑事だって、警察内部でいじめられていないとは限らないからね」
「そこまでは、深読みしなくてもいいんじゃないかしら?あの人は、随分懐疑的だけど、職務は真剣に果たしている感じだったわ」
「そうか」
「あとは、マークともう一人の刑事ね。まさか、マークがスパイなんてことないでしょうね」
「それって、推理小説の読みすぎじゃないか?一番信頼していた人が犯人だったっていう推理小説が、多いからな。ダン・ブラウンの書いた『ダビンチ・コード』が面白かったから彼の書いた推理小説を随分読んだけれど、いつも最後は思いがけない人物が犯人なんだよ。何だか、最後はこじつけみたいな感じの理由をつけてさ。いつもそうだと、段々しらけてきちゃうんだよな」
「私、推理小説なんて興味ないから、読んだ事ないわ」と理沙が答えると、ノックが聞こえ、次の刑事が入って来た。
 今度の刑事は定年退職前のような感じの男だった。頭の毛は薄くなっていて、赤ら顔のでっぷりした感じの男だった。運動不足のようだ。
「僕は、ニール・ハンターっていう者だけど、君たち、何かテロリストに関する情報を持っているんだって?」
「はい、実は・・・」と、理沙は四度目のお芝居をした。四度目になると、自分でも本当に混線した男の声を聞いた気持ちになってくるから不思議である。ニールの腕をつかんで熱演する理沙の耳に、ニールの心の声が聞こえた。

著作権所有者:久保田満里子


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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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