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ハンギングロック:後藤の失踪(14)

4月1日
 今日は、『ハンギング・ロック』についての作文の提出日だ。学生たちがどんな話を作ったか楽しみで、作文を回収したあと、 研究室に戻ると、早速読み始めた。
オーストラリア人のカールと韓国人のヒージンのコンビの作文が一番上にあった。二人とも優秀な学生だ。作文の中には勿論助詞の間違いなど、ところどころ表現のおかしいところもあったが、それを修正すると、次のような作文だった。


「           ハンギング・ロックの謎
    カール・デイビッドソン、ヒージン・リー

ミランダ、イルマ、そしてマリオンは、岩と岩の間を縫っていくと、岩に出来た洞窟につきあたり、その中に入っていった。すると突然電波のようなものに包まれ、体がふわっと浮いた。驚いて「きゃー」と叫ぶとミランダは、気を失った。ミランダが気が付いた時は、人が大勢行き来する道路に立っていた。そばを見ると、イルマの姿はいつの間にか見えなくなって、マリオンしかいなかった。道を行く人々はミランダたちが今まで見たこともないような奇妙な服を着ていた。女の人のはいているスカートは短く膝がみえるくらいだし、ズボンをはいている女の人も多い。
「ここはどこ?」ミランダは道行く人のそのへんちくりんな格好を見て不安そうに聞いた。マリオンは呆然としていてミランダの質問に答えなかった。
反対にマリオンが「あれ、なに?」と言って、二人のいる方に向かってくる馬車のような乗り物を指差した。馬車にしては馬が見えない。中に人が乗っているのが見えた。通りかかった中年の女の人にマリオンは声をかけた。
「すみません」
呼び止められた女の人は、立ち止まってマリオンの服装をジロジロとうさんくさそうに見た。
「あれは、何ですか?」
女の人はマリオンが指差した方向を見て、怪訝そうに言った。
「電車じゃないの。電車がどうしたって言うの?」
「あ、そうですか。ありがとうございました」
マリオンは慌ててお礼を言ったが、何だかおかしい。
二人はお互いの顔を見合わせた。
すると、ミランダの肩を叩く人がいた。ミランダが振り向くと、背が高くてハンサムな警官が立っていた。
「君たち、そんな格好をして一体どうしたんだ?」
ミランダは、すぐに聞いた。
「ここはどこですか?」
警官はミランダは少し頭が弱い少女なのだろうと判断したようだ。
「ここはメルボルンだよ」
「メルボルン!」二人は同時に声をあげていた。メルボルンは少女たちのいた寄宿舎から馬車で3時間はかかる所だった。
「君たちは、どこから来たの?」
「マウント・マセドンからです」
「ふうん。君たち、どうしてそんな格好をしているの?」
ミランダは、警官の質問に答えないで、聞いた。
「今年は何年ですか?」
「何年?勿論2013年だよ」
「2013年!」
ミランダ達はそこで初めて、自分たちがタイムスリップしたことに気づいた。
しかし、ミランダはそのことを警官にどう説明したものか、困ってしまった。
警官も、ミランダたちをどう扱ったらいいものか思案しているようであった。
「君たち、どうやって、マウント・マセドンから来たの?」
「それが、分からないんです。私達、1900年の世界から来たんです」
それを聞くと警官は笑い出した。
「君たちは『ドクター・フー』の見すぎじゃないかね」
ドクター・フーがタイムマシンに乗って色んな奇妙な世界に舞い込む話がテレビで放映されているので、それに感化された頭の弱い子達とみなされたようだ。でも、ミランダ達はテレビなんて見たことさえもない。だから、警官の言うことが分からなくて、笑っている警官を困ったように眺めていた。
警官は
「ともかく署に一緒に来てくれ。そこで、詳しいことを聞こう」と言って、二人を近くの警察署に連れて行った。 
警官に勧められて椅子に腰掛けた二人に、警官は紅茶を出してくれた。
そして、ノートを取り出すと、質問をして、二人の答えることを、そのノートに書き込み始めた。
「名前はなんていうの?」
「ミランダ・オクレアです」「マリオン・サイドです」二人は素直に答えた。
「住所は?」
「マウント・マセドンにあるアップルヤード・カレッジの寄宿舎に住んでいます」
「アップルヤード・カレッジ?そんな学校あったかなあ」と言うと、後ろを振り向いて、後ろの席で書き物をしていた警官に聞いた。
「おい、アップルヤード・カレッジって聞いたことがあるか?」
「そんなの聞いたこと、ありませんねえ」
聞かれた警官は、顔をあげもしないで言った。
「じゃあ、すまないが、インターネットで調べてくれないか」
「オーケー」
その警官は目の前のコンピュータを操作し始めた。
ミランダとマリオンにとってコンピュータを見るのは初めてだったので、興味を注がれてその警官のすることに見入った。
「で、どうしてメルボルンに来たの?」警官は尋問を続けた。
警官の声に我に返った ミランダは、
「私たちもどうしてメルボルンに来たのか分からないのです。学校の遠足でハンギング・ロックに行ったのです。その時岩の間を探索していた私たちは穴に入って、電波のようなものに包まれて、気が付いたら、今さっきの所に立っていたのです」
「ふーん。信じられないなあ」
「信じられないって言っても、本当なんです。私たちにも何が起こったか分からないんですから」
ミランダは信じてもらえないと困ると思い、焦って声を大きくして言った。
コンピュータを調べていた警官が、口をはさんだ。
「その学校1900年にハンギング・ロックで生徒が失踪して、生徒の退学が続き経営がなりたたなくなって、1901年には廃校になったということですねえ」
「え?アップルヤード・カレッジが廃校になった?」
「私たちのせいなのね」マリオンが泣きそうな声で言った。
尋問をしていた警官は、コンピュータを操作している警官に聞いた。
「その失踪した生徒の名前は分かるか?」
「ちょっと、待ってくれ」と言って1分もすると返事があった。
「ミランダ・オクレアとマリオン・サイドと言うそうだ」
それを聞くと警官は唖然として、しばらく口をきけなかった。やっと自分を取り戻すと言った。
「君たちの話は嘘ではなさそうだな。でも、どうしてタイムスリップできたんだろう。その君たちが入った洞窟っていうのに、案内してくれないかね」
ミランダは、やっと警官に信じてもらえたことが嬉しくて、興奮して言った。
「勿論です。そして、戻れるものなら、1900年に戻りたいです。友達や家族がいるところに」
そこで、すぐに車が手配され、警官は二人を乗せてハンギング・ロックに向かった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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