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六度の隔たり(18)

食事も終わり、ジーナの友達の話が終わると、会話が切れた。そこで、夏美はおもむろに、ジェーンから来た封筒をジーナの目の前に差し出した。
「これ、ベンさんの居所を探してくれた人から来た手紙です」
そう言うと、ジーナは顔を紅潮させて
「もう、ベンの居所が分かったの?」と嬉しそうに、封筒の中身を取り出して、ジェーンの手紙を読み始めた。しかし、読んでいくうちに、見る見る顔が暗くなっていき、読み終わると、しばらく信じられないというように呆然としていた。
「ベンさんの居所が分かったのですが、こんな風になっているなんて、思いもしませんでした」と夏美が言うと、しばらくして、ジーナが答えた。
「本当に、人の人生って何が起こるか分からないわね。ベンがずうっとオーストラリアにいたなんて思いもしなかったし、ましてや彼が服役中なんて想像もしなかったわ」
「で、手紙を出してみますか?」言いにくそうに夏美は聞いた。
「あんたに預けていた手紙を出すのは、やめておくよ。これからどうするか、今晩考えてみるわ。でも、彼の居所を見つけてくれて、ありがとう」と夏美の手をとって言った。
それから間もなくして、夏美はジーナの家を後にした。ジーナはこのままベンとの楽しい思い出だけを胸にしまって、このままベンと会うこともないのではないかと思いながら、家に帰った。
家に帰ると、ギャリーとトムはマクドナルドから帰ったばかりのようだった。
「ママ、これ、買ってもらったよ」とトムは嬉しそうに、マクドナルドでギャリーに買ってもらったおもちゃを見せながら、ご機嫌だった。トムはマクドナルドが好きなのだが、夏美はトムを特別なときにしかマクドナルドに行くことを許さないので、よっぽど嬉しかったのだろう。
トムが寝た後、ギャリーは
「ジーナは、どうすると言っていた?」と夏美に聞いた。
「どうしていいか、分からないみたい」
「夏美がジーナの立場だったらどうする?」
「そうねえ。私だったらやっぱり会いに行くと思うわ。だって、一度は縁のあった人なのだから、その人の行く末って、気になると思うわ」
「僕のいう意味は、ジーナはベンと昔の仲を取り戻したいと思っているだろうかってことだよ」
「それは、無理じゃないかな。だって、二人の間には50年近くの空白の時間があるのだもの。二人とも変わっているに違いないわ。考えても御覧なさいよ。もし舅がまだ生きていたら、ジーナは昔の恋人に会いたいなんて思いもしないと思うわ。相手だって、同じだろうと思うわ。それに、奥さんを殺したとなると、そんなに簡単には罪意識から立ち直れないと思うし。あなたがベンの立場だったら、昔の恋人から会いたいっていわれて、ほいほいと嬉しい気分になれると思う?」
ギャリーは苦笑いをしながら、
「どうかなあ。僕は君が安楽死したいと言っても、手助けはしないと思うから、ベンの立場って言うのがよく分からないなあ」
「へえ、あなたは安楽死に反対なの?」
「そうだよ。神様からもらった一度だけの命だから大切にしなくっちゃ。そういう君は安楽死賛成みたいな口ぶりだね」
「そう、私は賛成だわ。うちの父は肺がんで亡くなったんだけど、死ぬ前の1ヶ月間は傍で見ているだけでつらかったわ。肺に痰がたまると命取りになるからって、痰がたまるたびに、口から管を差し込んで痰を取り出すんだけど、その時の苦しさは並大抵のものじゃないらしくって、もがき苦しんでいたわ」
そう言っているうちに夏美は父親の闘病生活を思い出して、目頭があつくなってきた。
「もう先がないと分かっていながら、あんな苦しみに耐えさせるなんて、残酷だわ」
「ふうん」ギャリーは夏美の涙を見て、自分の意見を主張し続けるのを差し控えた。
ギャリーとそんな会話を交わした翌日、夏美は新聞に安楽死に関する記事があるのに目が引き寄せられた。その記事によると、スイスで安楽死をさせる施設の運営は非営利団体がすることになっているが、どうやらその団体の会長は施設利用の患者から膨大な料金を取って私腹を肥やしていたようだと警察が捜査に乗り出したという記事だった。普通60万円が規定の料金なのに、ある人は1千万円以上もとられたというのだ。安楽死をさせて得をしようとする人がいるから、安楽死を合法化できないのだと、政府の高官のコメントが書かれていた。夏美はこの記事を読んで、死を間近にした人の周りに群がっているハイエナのイメージが頭に浮かび、いやな気持ちになった。
1週間たったが、ジーナから何も言ってこなかった。夏美もジーナだってどうするか考える時間が必要なのだからと思い、電話するのを差し控えた。
ジーナから連絡があったのは、1ヶ月後のことだった。
「夏美、今度の日曜日に一人でうちに来れない?」
「何かあったんですか?」
「うん、まあね。今度の日曜日に話したいことがあるんだけど、時間あるかしら?」
と言うので、次の日曜日、夏美はジーナの家に一人で行った。
「どうしたんですか?」と夏美が聞くと、ジーナは顔に慢心の笑みを浮かべて言った。
「来週ね、ベンと会うことになったの」
「えっ?ベンさんと連絡をとったんですか?」
「ええ。あなたが帰った後、色々考えたんだけど、やっぱり思い切って手紙を書いたのよ。私の正直な気持ちをね。ベンが奥さんを安楽死させた話を聞いて、ベンがどんなに苦しんでいるかと思うと、ベンが哀れに思えていてもたってもいられなくなったのよ。でも、直接面と向かって話す勇気もなくて、結局長い手紙を書いたの。返事が来るのは半々の確率だと思ったんだけど、いつまでも返事が来なかったので、やはり会いたくないのかと思い始めていたの。ところが、きのうベンから手紙を来たのよ。会いたいって」
「そうですか。それはよかったですね」
そう言いながらも、夏美は、ジーナがベンに深入りしてこれ以上傷つかなければいいがと心配になってきた。
「で、ベンさんは、お母さんのことをどう思っているのですか?」
「婚約破棄したことは今でも悪いと思っているって言われたわ。でも、私もベンもお互いに良い伴侶に恵まれたようで、それはそれで良かったのだと思うと言っていたわ。そして、奥さんを殺したことに対する罪意識と、奥さんを苦しみから解放させた安堵の気持ちが未だに混在していて、罪意識のほうが勝つたびに悪夢を見て、夜中に目が覚めるということだったわ」
「じゃあ、お母さんに対する未練は全然なかったってことですね」
夏美はジーナが余りにもベンとの仲を取り戻すことに期待しすぎている様子なので、ジーナの気持ちに歯止めをかける必要を感じて、冷酷だと思ったが敢えて口に出してみた。
ジーナは一瞬、夏美の言葉に冷水を浴びせられたような顔をしたが、静かに答えた。
「そういうことね。だけど、私のほうが一度会いたいという気持ちが、日に日に強くなってきたの。だから、会いに行くことにしたの」
「そうですか」
夏美は、これ以上ジーナに何を言っても無駄だと思い、ジーナが傷つかないように祈るような思いで、家に帰った。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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