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前世療法(16)

正二はキムが今目覚めるか、今目覚めるかと、キムの顔を眺めたが、3日が過ぎても、結局キムは目覚めなかった。キムが入院して4日目にテッドと正二はスティーブンソン医師に呼ばれた。

「残念ながら、もう、キムさんが回復する見込みはなくなりました。どうなさいますか?」テッドは、

「どんな選択肢があるんですか?」と聞いた。

「一つは人工呼吸器を取り外して、自然の死を待つこと。もう一つの選択肢は、このまま集中治療室で過ごすことですが、そうなると、植物人間になったまま、意思の疎通もできないでしょう。それに、治療費が莫大かかります。また、人工呼吸器を外す場合は、臓器の移植提供ということも考えられます。そうすれば、他の人の中で、キムさんの心臓や肝臓が生き続けることができるのみならず、今臓器を待っている病気の人達を救うこともできます」

医者は、暗に治療を停止し、臓器を提供することをすすめているように聞こえた。

「今この場で決めるのは難しいでしょうから、今日一晩考えて、明日の朝にでも決めたことを教えてください」

医者にそう言われ、テッドと正二は、病院のカフェテリアに行った。まずいコーヒーを飲みながら、最初に口を開いたのはテッドだった。

「もう元のキムには戻れないのなら、救命装置を止めてもらって、臓器を提供したほうがいいと思うんだが、君は、どう思う?」

正二は、しばらく黙っていたが、

「僕も、そうしたほうがいいと思います」と言った。正二は、自分がキムの生死を決める資格がないと思った。二つの選択肢、どちらをとっても、正二の罪悪感が薄れるわけではない。だから、テッドが決めたことに従うことにした。

 その夜は意識はなくても生きているキムと一緒にいられる最後の時となった。テッドも正二も、その晩は一睡もしないで、キムの傍らにいた。

翌朝、テッドの決断を聞いた医師は、

「キムさんを救えなかったのは残念ですが、キムさんによって救われる人が何人もいることを忘れないでください」と言って、テッドと正二を慰めた。

 目を開けないキムにお別れをして、テッドと別れて病院を去ったとき、正二は、この4日間、一度も佐代子のことが頭に浮かばなかったことに気づいた。

 1週間後にあったお葬式に参列した後、正二はやっと佐代子に電話する気になったということだった。

 佐代子は、じっと正二の話を聞いた。

「そうだったの」

佐代子の声もしんみりしたものになっていた。

食べ物が運ばれたが、佐代子も正二も完全に食欲を失っていた。佐代子は、箸だけは手に持ったが、手は動かなかった。

しばらくして、佐代子は思い切ったように聞いた。

「で、これからあなたはどうするつもり?」

「今は何も考えられない。君は早く結婚したいと焦っているって言ったね。でも、1年の余裕をくれないか?1年たって、お互いにまだ独身だったなら、結婚しよう。もし1年の間に君に他に好きな人ができたなら、結婚してもらっても構わない」

「そう。運命にゆだねるっていうわけね」

「そうだ。もし僕たちが本当にソウルメイトだったのなら、きっとまた会えるよ。でも今は結婚する気にはなれないんだ」

「あなたの気持ちはわかったわ。それじゃあ、1年後の今日、この店で会いましょう」

佐代子は正二の決心をきくと、さばさばした気持ちになった。もし、自分の見た前世が本当だったなら、きっとまた彼に会えるだろう。そんな確信が心の中に広がっていった。

「せっかく今日はワサビチリソースのホタテ貝が食べられると楽しみにしていたんだから、ジャンジャンいただくわ」

佐代子の明るい声に救われたように、正二もやっと料理に手を付けた。出て来た料理を全部平らげるほどの食欲は二人ともなく、かなりの料理を残して、レストランを二人一緒に出た。そしてレストランの前で、

「じゃあ、また来年の3月15日に会いましょう」と両手を出して握手をした。佐代子は正二の手のぬくもりを感じた。佐代子は、一度正二の行ったほうを振り返ったが、正二は、そのまま背を向けたまま、振り向かなかった。その正二の後ろ姿は、物悲しく感じられた。

 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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