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おもとさん世界を駆け巡る(20)

おもとさんは、フレデリックが監獄から逃亡した罪に問われるのではないかと心配したが、人に追われるということはなく、外国人居留地136番で肉屋を始めた。おもとさんは、肉屋というのは、嫌だった。肉のすえたようなにおい。血の滴る肉の塊。見るのもおぞましかったが、外国人が多い土地柄なので、肉は飛ぶように売れた。
「ほかに良い商売はないんですか?私、肉屋だけは嫌です」と言うと、2,3日考え込んでいたフレデリックは、おもとさんに思わぬ計画を打ち明けた。
「実は、軽業師を引き連れて、アメリカやヨーロッパを興行して回ろうと思っているんだ。僕がアメリカにいたとき、日本からの来たサーカスというのが人気があってね。ずいぶん儲かりそうなんだ」
「サーカス?」
「そうだよ。軽業師を今から集めて、アメリカで興行し、その後イギリスやヨーロッパを回ろうと思うんだ」
「そんな。それじゃあ、また離れ離れの生活をするのですか?」
「いや、勿論お前や子供たちも連れていくつもりだ。確か、お前は踊りが得意だったな」
「娘のころ習っていましたが、最近は、踊る暇もありませんでした」
「それじゃあ、今からまた練習すればいいよ。サーカスのプログラムに日本の踊りを取り入れると、きっと華やかになって、もてはやされると思うんだ」
「サーカス団を作ると言っても資金がいるんじゃありませんか?お金はどうされるつもりです?」
「実は幕府に返さなかったお金が銀行に預けたままになっている。それを使うつもりだ」
「そんなことをすれば、また監獄にれられることになるんじゃないですか?」
「実は後でオランダ領事の知り合いに聞いたことなんだが、オランダ領事が、僕を入牢させるには、それなりの費用がいる。それを出すつもりがあれば入牢させると、お伺いを立てたら、入牢させる件に関して一切興味がないらしく、ただただ返済に尽力してほしいというだけだったとのことだ。だからまた監獄に入る心配なんかしなくてもいいよ。それに、幕府は、今それどころじゃない状態のはずだ」
確かに1867年の初頭は、波乱に満ちていた。1月10日に徳川慶喜が15代征夷大将軍としてなったかと思うと、その20日後に、幕府に同情的だった孝明天皇が崩御された。幕府も朝廷もフレデリックのくすねたお金のことを詮議している暇はなかった。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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