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人探し(17)

 正雄から自分はあなたの息子ですと言う告白を聞くと、君枝のむせび泣きの声が高まった。そんな君枝がいとおしくなって、正雄は君枝を両手に抱き込んだ。君枝がむせび泣くたびに、君枝の早くなった心臓が正雄の胸に響いた。そうすると、君枝の涙が伝染したように、正雄の頬にも涙が流れた。今にもおれそうなやせ細った体、しわくちゃもぐれの顔。全てが、正雄にはいとおしく感じられた。抱き合って泣いている二人を藤沢は黙って見守っていた。一旦感情のうねりがおさまると、君枝は、頭を上げて両手で正雄の頬をはさみ、「よく顔を見せてちょうだい」とじっと正雄をしばらく見たが、突然笑い始めた。「あなたは、お父さんそっくり。どうしてあんな薄情な人に似てしまったの」と言った。「ごめんなさい」と正雄が言うと、君枝はまた笑った。
「あなたが謝ることないのに。でも、どうして二人とも、私に本当のことを教えてくれなかったの?」
「すみません。僕がまだお母さんには言わないでほしいと藤沢さんに頼んだんです。僕は単に病院が藤沢さんと僕を取り間違えたのなら、僕の今の家族を藤沢さんに紹介して、僕はあなたの子供だと名乗りを上げるつもりだったんです。それで、へその緒のDNA鑑定をしたら、藤沢さんの持っていたへその緒は、僕のDNAと一致しましたが、僕の持っていたへその緒と藤沢さんのDNAは一致しなかったのです。つまり、僕はお母さんの子供だと分かったけれど、ぼくの今の家族の息子は誰かまだ分からないし、藤沢君の実のご両親もまだ分からない状態です。そうなると、僕の今の家族になんて説明すればいいのか分からなくなったので、僕の今の両親の実子が見つかるまで、秘密にしておきたいと藤沢さんに頼んだんです。でも、僕を生んでくれたお母さんには一度会ってみたかったので、藤沢さんの同僚のような顔をして、お母さんに会いに来たんです。すみません。でも、僕はお母さんを見た瞬間、僕のお母さんだと全身で感じましたよ。血のつながりって不思議なものですね」
「そうだったの。私もあなたを見た時、自分の本当の息子が生きていたら、あなたのようになっていただろうなと思ったわ。それで、聡の実の両親はまだ見つからないの?」
「そうなんです。だから、僕の友人の弁護士に病院と交渉して、その当時の記録をみせてもらうよう頼んだんです。僕たちが生まれた日、もう一人赤ん坊があの病院で生まれていたとしたら、その子が今の僕の両親の実子で、その子の親は藤沢さんの実の親だと考えられます」
「あの病院、そんなにずさんなことをしていたの。許せない!」と君枝は怒りに声を震わせた。
藤沢が横から声を挟んだ。
「お母さん、本当の息子が見つかって、僕はやっと肩の荷が下りたよ。僕を捨てずにこれまで育ててくれた恩にこたえるためには、お母さんが会いたがっていた実の息子を探して会わせてあげることだと思っていたから」
「聡。ありがとうね。あんたが子供の時、十分に愛情を注いでやることができなくて、あんたにはすまないと思っていたのよ。でも、実の息子が見つかったからと言って、あんたと縁が切れたわけではないからね。あんたはいつまでも私の息子なんだからね。そのことを忘れないでちょうだい」と君枝は目を潤ませて、聡に言った。
「ありがとう、お母さん。僕も実の親が見つかっても、お母さんとの縁が切れるとは思っていないよ」
「そうだよ。家族が増えたと思えばいいんだよ」と、正雄は自分を納得させるように首を振りながら言った。
そこで初めて三人の顔に笑顔が戻ってきた。
「正雄さん、今まであなたがどんな人生を送って来たか、教えてちょうだい」と君枝が言うと
「お母さん、正雄さんなんて水臭いよ。正雄でいいよ」
「そう、じゃあ、正雄と呼ぶわね。今日はうちに泊まっていけないのかしら」
「今日は、家の方に泊りがけで出かけるなんて言っていないから、帰るよ。でも、これからは、ちょくちょく来るよ。お母さんの方で構わなければ」
「もちろん歓迎よ。ねえ、聡」と君枝が聡に同意を求めて、聡の方を見て言った。
「勿論。それに正雄さんには、僕の実の親を探す手助けをしてもらわなくてはいけないし、これからもしょっちゅう会うことになるよね」
その日は、強く君枝に勧められたため、君枝を交えて夕食を一緒にした。昼間は顔色が悪く気分がすぐれなかった君枝も、思わぬ出来事に、嬉しさで胸がいっぱいになったようで、気分の悪さが吹っ飛んだようだった。藤沢が気をきかせて取った出前の寿司を三人で食べ、ビールを飲みながら、正雄の思い出話、家族のこと、オーストラリアでの生活のことを話した。オーストラリアに住んでいると言った時は、「まあ、そんなに遠い国に住んでいるの。あんたは自分のやりたいことを自由にさせてもらったんだね」と、正雄が幸せな生活を送って来たことに満足したように、目を細めて言った。正雄は自分の家以外にも気兼ねなくくつろげる自分の居場所を見つけたようで、幸せな気分になった。君枝の体調が気になったので、長居をしないように、夕食を食べたら、すぐに退散した。また近いうちに再会することを約束して。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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