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EMR(21)

「俺はあんまり気が長くないんだ。痛い目に遭いたくなかったら、正直に答えろ」
 ここまできて理沙は観念した。本当のことを言おう。そうすれば、今度の自爆テロ計画は諦めるだろう。その計画を妨害できれば、それでいいではないか。理沙は覚悟を決めると、きっとなって、ムハマドをにらんで言った。
「あなたたちの自爆テロの計画は、もう警察に知られているわ」
「何だと!」ムハマドは、目をむいて怒鳴った。
「どうして、自爆テロの計画があるなんて分かったんだ?」
「私、あなたの心が読めたもの」
「心が読めた?でたらめを言うのもほどほどにしろ」
 ムハマドは急に大声で笑い出した。
「お前には、他人の心を読める超能力があるというのか?これは面白い」
「別に、そんなものはないけれど、あなたはブシュラと言う女性が好きなんでしょ?その彼女にお別れを言えないで死んでいかなければいけないのがつらいんでしょ?」
 そういうと、ムハマドはぎょっとなったようだ。
「なんで、お前がブシュラのことを知っているんだ」
「だから言ったでしょ?あなたの心が読めたからよ」
 ムハマドは黙った。若い男は
「ムハマド。この女はでたらめを言っているんだよ。こんな女の言うことに惑わされてはだめだよ」と呆然とした面持ちで突っ立ているムハマドの肩をつかんで揺すぶった。
 すると、突然携帯の音が鳴り響いた。二人はぎょっとなって、顔を見合わせたが、ムハマドの携帯の音だと分かると、安心したように、ムハマドが電話に出た。
「ムハマド」と電話に出たムハマドは、そのまま黙って相手の言うことを聞いていたが、急に険しい顔になって、「分かった」と言うと、電話を切った。
「誰からだ?」と若い男が聞くと、ムハマドは理沙に会話の内容を聞かれたくないのかアラビア語に切り替え、若い男に何か言った。
 理沙はこんなときEMRが使えればいいのにと、床に転がっているEMRを恨めしげに横目で見た。
 二人の短い会話が終わると、若い男は、理沙のハンドバッグから転がり落ちたハンカチをとって、理沙にさるぐつわをした。そして、二人は理沙の財布の中にあったお金と携帯を取ると、急いで小屋を出て行った。
 理沙はムハマドから暴行を受ける心配はなくなったものの、一人小屋に残され、このまま飢死するのではないかと、心細くなってきた。どうして、二人が急にあたふたと小屋を出て行ったのかも謎だ。電灯を消された真っ暗な小屋の中では、物音一つ聞こえない。何とか外部と連絡取れないだろうかと懸命に考えるのだが、携帯も取られた今、それも無理なようだ。後は、マークがここを探し出してくれることを祈るだけだ。
 理沙はこれまでの人生で、こんなに一生懸命祈ったことはない。苦しいときの神頼みというやつだと、自嘲的に独り言を言った。母の顔が浮かんできた。自分が死んだら一番嘆くのは母だろうと思った。もう母には会えないのかと思うと、涙がとりとめもなく出てきた。自爆テロをしようとしている人間を尾行するなんて、なんて馬鹿なことをしたんだろうと自分の愚かさが恨めしかった。理沙と父親は、余り気が合わなかった。オーストラリアに留学したいと言った時、理沙の言うことを取り合ってくれなかった父を、母が説得してくれたことを思い出した。あの頃、理沙は学校でいじめにあい、それが原因で不登校になった。学校に行かなければと思っても、それを考えるだけで頭が痛くなった。結局一日中自分の部屋に閉じこもってコンピューターゲームをする毎日だった。これでは自分が駄目になると思い、オーストラリア留学を思いついたのだ。「日本で生きていけないような人間が、外国で生きていけると思うのか?」と父は理沙を怒り飛ばした。自分の苦しみを分かってくれなかった父が恨めしかった。
 その後は、省吾のことを思い出した。省吾とあんな形で別れてしまったのが、心苦しかった。省吾とは大学の経済のクラスで一緒になり、グループプロジェクトで同じチームになって親しくなったのだが、冗談の好きな省吾は、一緒にいると楽しい仲間だった。暗闇の中で、いろんなことが走馬灯のように思い出された。長い時間のようでもあり、案外短い時間だったのかもしれないが、突然小屋のドアをドンドンと叩く音がした。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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