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私のソウルメイト(32)

 今日は夕食を作る気分にもなれなくて、うちに帰る途中でフィッシュ・アンド・チップスを買って帰った。うちに帰ると珍しくアーロンが先に帰っていた。
「今日は早いのね」と言うと、「うん。今日は会議があったんだが、それが早く終わったからね」と答えた。そして「そういえば今さっきダイアナから電話があって、今晩はエミリーの所に泊まるから夕飯はいらないと言っていたよ」と付け加えた。私は「フィッシュ・アンド・チップスを三人分かってきたのに」とぶつぶつ言った。結局その晩はアーロンと二人だけでテレビを見て過ごした。アーロンはイギリスのコメディーを見てはげらげら笑っていたが、その横顔を見ながら、私は、アーロンの代わりにロビンが一緒なら、もっとロマンチックで胸がときめくだろうにと想像すると落ち着かなかった。
その晩寝ようとしたとき、ダイアナから電話がかかってきた。
「ママ、今日、京子おばさんと会ったの?」
一瞬イエスと答えるべきかノーと答えるべきか迷ったが、
「いいえ、会っていないけど、どうしたの?」と聞くと
「京子おばさんが連絡もなく、まだ帰ってこないから皆で心配し始めているところなの」
「京子おばさんの携帯に電話してみたの?」
「勿論、してみたんだけど、電池が切れているみたいでつながらないのよ」
「それは心配ね。ママも心当たり探してみるわ」と言って電話を切って、アーロンに「京子さんが家に帰らなくて、エミリーの家では心配しているということだわ。私も心配だから、京子さんのうちに行ってみるわ」と言うと、アーロンも「僕も一緒に行こうか?」と言い出した。今から京子のアパートに行ってみようと思っていた私は、それでは困ると思い、あわてて「大丈夫よ、私一人で。あなたは寝ていて。何か状況が進展したら、電話でしらせるから」と言った。アーロンは、「それじゃあ、気をつけろよ。何かあったらすぐ知らせてくれ」と言ってくれたので、ほっとして、車に飛び乗った。まさか、ケビンとベッドインしてしまって、家庭を忘れたのじゃないかと言う思いが頭を横切った。それしか、今のところ考えられない。
 京子のアパートに着くと、ドアのチャイムを鳴らした。誰も出てこない。もう一度鳴らした。そうすると、やっと人の気配がして、ドアが開けられた。ドアの向こうの京子は、明らかに酔っていた。
「ああ、もとこさん。今頃どうしたの?」
「今頃どうしたのじゃないわよ。あんたのうちで皆あんたが連絡もなく帰ってこないからって心配しているわよ」
「今、何時?」
「11時よ。夜の」
「えっ、もうそんな時間なの」
「そうよ」
私はドアのところに立っている京子を押しのけて、アパートの中に入った。中に入ると、案の定、ケビンがいた。ケビンはシャワーを浴びて出てきたところのようで、白いドレッシングガウンを着ていた。
私は黙って京子とケビンの顔をかわるがわる見た。その沈黙を京子が破った。
「もとこさん。変な想像をしないでね」と、いつもとは違ってびくびくする様子で京子が言った。
「ともかく、早く家に帰りましょう」と京子をせかすとケビンは驚いた様子で
「家に帰るって、どう言う意味なんだ?」と聞く。
私はこれ以上ケビンに何かを言うのはためらわれた。ケビンのことをほとんど知らないし、もしケビンが悪いやつなら、京子を脅してお金をせびり取っていくということも考えられるからだ。
「今日は、うちに来ることになっていたのに、来ないから心配して迎えに来たのよ」と言った。そして、
「悪いけど、今日は、もう帰ってくれない?」と言うと、ケビンは慌てて「いや、それじゃあ僕も引き上げるよ」と言って、服を着替えるために寝室に消えた。
「京子さん、あの人のこと、どれだけ知っているの?」と聞くと、京子は
「それじゃあ、もとこさんはロビンのことどれだけ知っているの?」と聞き返してきた。私は自分のロビンに対する気持ちを汚されたような気持ちになった。
「私は、ロビンとセックスしたいなんて思わないわ」と言うと、京子は呆れ顔で、
「えっ、そんなの嘘よ。あなたは自分の本当の気持ちを認めたくないのよ。私はあなたよりは自分の気持ちに正直なだけ」と言った。私は、京子に平手打ちをくわせたい気持ちを抑えるために、ぶるぶる震えている右手の拳を左手で押さえた。。
にらみ合いをしているときに、ケビンが着替えて、寝室から現れ、「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。京子、またね」と、京子の頬にキスをして、アパートを出て行った。
京子は、部屋を出て行く私の後から黙ってついてきた。そして私の車の助手席に黙って乗った。私も黙って車を発車させると、京子は「ごめんね」と、ぽつんと言った。
「ロベルトになんていえばいいのかしら」
私はまだ腹の虫が納まっていなかった。「そんなの自分で考えなさいよ」といいかけたが、その言葉を呑んだ。
通りに出て信号待ちになり、前を見ると、どこからか人が大勢出てくるのが見えた。
「何があったのかしら?」といぶかる私に、京子は「ナイトクラブの閉店時間になったんじゃないの」と横を向いて言った。
「それ、なんていうナイトクラブ?」
「ソルト・シティーって書いてあるわ」
「じゃあ、昔の友達に会って、ナイトクラブに誘われて、今まで飲んでいて、時間に気づかなかったって言うのは、どう?」私はない知恵を絞って言った。
「でも、それじゃあ、どうしてあなたが私の居場所を知っていたか、説明できないわよ」
そう言われてみれば、そうだった。
どうして、私は京子の居場所を知っていたかを、説明できなければいけない。
「じゃあ、私は、あなたをお宅の前で下ろして、時間を置いてお宅へ行くわ。そうすれば、私があなたを送り届けたことを知られずにすむわ。私は心当たりを探したが、見つからなかったので、ともかくあなたのうちに来てみたと言えば、辻褄が合うし、どうしてあなたの居場所を知っていたか、説明しなくてもすむわ」
余り、いい作戦とは思えなかったが、他に方法が考えられず、京子も私の提案に賛同した。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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