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私のソウルメイト(39)

「ええ、そうです。私は夫のいる身で、夫に対して不満があるわけでもないのに、毎日毎日あなたのことを考えない日はなかったのです。どうして私はこんなにあなたに惹かれるのだろうと不思議でならなかったのです」
「なんだか、その理由が分かったという口ぶりだけど、その理由が分かったの?」
「ええ、分かったのです。でも、こんなことを言うと、あなたはきっと私が気が狂っているのだと思われるでしょう」
ロビンは好奇心を起こしたようだ。
「へえ。それは是非聞いてみたいな」
「笑わないでくださいね」
「君が真剣だと言う事が分かるから、笑わないよ」
「ロビンさんは、ソウルメイトって、信じますか?」
「ソウルメイト?」
「ええ。運命の人です」
「それはどうかなあ。僕は死んだ妻が僕の運命の人だと思ったけれど、あっさり死んじゃったしね」
「そうですか」
「で、君は僕が君のソウルメイトだと言いたいの?」
「そうです」
私はロビンの目をじっと見て答えた。ロビンは私の強い眼差しに少しうろたえたようで、視線をはずした。
「僕も、君を見た時から、気の合いそうな人だなと、好意を持っていたけれど、ソウルメイトだといわれると、おい、ちょっと待てくれよって言いたくなるね」
ここで、注文した品が運ばれてきて、話が中断した。
私は次に何と言ったらいいのか、言葉に詰って次の言葉を捜しながら、黙々と前菜として出された刺身を食べた。少しレモンとしょうがをたらしてあるようで、しょうゆとわさびだけの伝統的な刺身とはちょっと一味違うようであった。
次に口を切ったのは刺身を食べ終えたロビンだった。
「で、何を根拠にそんなことを思ったのかね」
「退行催眠ってご存知ですか?」
「退行催眠?それは催眠の一種?」
「ええ、そうです。だんだん年を逆戻りさせる催眠なんです」
「へえ、おもしろそうだな」
「実はブライアン・ワイスというアメリカの精神科医の話を読んで、退行催眠を受けることにしたんです」
そして、私はブライアン・ワイスの本の内容を説明した。
「過去世ねえ」
「信じます?」
「分からないねえ」
「そうですよね。私だって今でも全くの思い違いをしているのではないかと思うことがあるのですから、初めて聞く人にとっては、違和感を感じるのは当たり前ですよね」
「それで、君の過去世に僕がでてきたの?」
私は黙って、大きくうなずいた。
「で、君と僕は、どういう関係だったの?」
「私が見たのは二つの過去世だけなんですが」
「そんなに過去世っていくつもあるものなの?」
「そうみたいです。最初に見た過去世ではイギリスに住んでいて、あなたは大きな領主の息子で、私はそこで働いていたメイドだったんです」
ロビンはニヤッとした。
「そこで私達は恋に落ちて、私はあなたの子供を身ごもってしまうのです」
ロビンの目が驚きで見開いた。
「そこで、あなたのお父様は私を友人の領主のところで働く馬の飼育係の男と無理やり結婚させて、二人の仲を引き裂いたのです」
「それじゃあ、君は僕を恨んでいるだろうな」と、ロビンは苦笑いをした。
それにつられて私も笑った。
「その時、双子の子供が生まれたのですが、一人が今の私の娘で、もう一人は娘の恋人だったんです」
「ふうん」と、ロビンは感慨深げに言った。
「それでは、その過去世では、君は今の君のご主人とはどんな関係だったの?」
「それは、私と無理やり結婚させられた馬の飼育係の男だったのです」
「それじゃあ、君の今のご主人がソウルメイトだっていうことも言えるね」
「そうです。だから私もその過去世を見ただけの時は、あなたとの縁はそれほど深くなかったと思ったのです。でも、もう一つの過去世では、ちょっと違っていました」
ロビンは段々好奇心が募ってきたようで、身を乗り出して聞き始めた。
「その過去世では私たちは昔の日本に住んでいました。侍が支配していたころの日本です」
「僕は侍だったの?」
私は苦笑いをして答えた。
「いいえ。私は男の百姓で、あなたは私の妻だったのです」
この話はロビンには意外だった様で、しばらく黙っていた。
「それで、今のご主人とはどういう関係だったの?」
「主人は、私の父親でした」
「ふうん」
ロビンは下を向いて、考え込んだ。
二人は、次に運ばれてきた和え物を箸でつっつきながら、しばらく黙っていた。
そして、やっとロビンは口を開いた。
「もし君と僕がソウルメイトだったとして、君は僕に何をしてほしいの?」
私も実はその質問には答えられなかった。一体私はロビンに何をしてほしいのだろう?
「実は私にも、分からないのです。あなたと一緒にいれたら、どんなに嬉しいことだろうと思う反面、今のアーロンとの結婚生活を壊したくもないのです」
「欲張りなんだな」とロビンは苦笑いをした。
「ただ、二つの過去世では、いつもあなたを恋しいと思いながら死んでいったんです。だから今生でも、あなたを恋しいと思いながら死ぬのはつらいので、今あなたに私の気持ちを伝えなければと思ったのです。そしてあなたの気持ちを聞いておきたかったのです」
私は今まで彼に伝えたかったことを全部伝え、さわやかな気持ちになったが、今度はロビンの方が考え込んでしまっていた。
「僕は、君が僕に好意をもっていてくれることは気づいていたけれど、そこまで僕を慕ってくれるとは思わなかったよ。それに正直、僕は君に対して、そんなに強い思いはもっていないよ。ただ、傍にいて、ほっとする人だとは思っているけれど」
「私も、そうだろうと思っていました。あなたが私が思うほどには私のことを思うことはないだろうって。でも、これで私の気持ちはすっきりしました。今生では、あなたとは余り縁がないと言うことが分かって。いつもあなたは私のことをどう思っているのだろうかと考え続けていましたから」
「僕は妻子を交通事故で亡くして、余りのショックで、人を愛することが怖くなったんだよ。だから、僕の全エネルギーを仕事につぎ込んで、仕事が僕の生きがいになったんだ。去年母をなくして、仕事中毒がますますひどくなったようだ」
ロビンはそういってワイングラスを口に運んだ。
メインコースも終わり、最後に違った形と色の3つの小さなケーキがのった皿が運ばれてきた。ケーキを口に入れると、甘さが口の中を広がって溶けていく。その感触を楽しみながら、黙々とケーキを食べ終わった。ロビンもまた黙ったままだった。
ウエイトレスに「会計をお願いします」と言うと、ロビンが慌てたように
「今日は僕がごちそうするよ」と言ってくれた。
「それではお言葉に甘えて、ご馳走になります。また今日は、お時間を取っていただいてありがとうございました」
ぴょこんとお辞儀をすると、私はテーブルから立ち上がった。
ロビンはどう答えたらいいか分からない風で「じゃあ、また」と言った。
ロビンを残してレストランを出ると、夜の冷たい空気が顔に当たった。夜の街はもう人通りもなく、自分のハイヒールのコツコツという音だけがさびしく響いて聞こえた。私の頬から涙が流れ落ち出した。悲しい気持ちと同時に、「これで、もう彼のことを悩まなくてもいいんだ」と言うすっきりした気持ちもした。しかしすっきりしたと思うことによって心の痛みを軽くしようとする、けなげな努力をしている自分を感じた。
 車の運転席に座った私は涙をぬぐい、「これでよかったのよ」と声に出して言い、車のエンジンをかけてうちに向かった。

著作権所有者:久保田満里子


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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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