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ヒーラー(12)

ご飯を食べ終わってキムがまた私の前に現れた時に、ジョンに連絡したいと言ってみた。

「私がいなくなったら、ジョンが心配します。ジョンに連絡できないかしら」

どうせだめだと言われると思ったが、驚いたことに

「では、ジョンさんとお話になりますか?」と、あっさりと自分の携帯電話を私に貸してくれた。

私はキムの気がかわらないうちにと、急いで携帯のボタンを押し、耳にあてた。

呼び鈴が聞こえる。1回、2回、3回。ジョンはなかなか電話に出ない。イライラしながら返事を待ったが、7回鳴った時、

「ハロー」とジョンの声が聞こえた。彼の弱弱しい声に、彼の身に何か起こったのではないかと、私の胸には一気に不安が高まった。

「ジョン?洋子よ?何かあったの?」

自分の状況を説明するよりも、彼のことが心配になった。

「洋子か?今、どこにいるんだ?おれは、今見知らぬアジア人の男二人に監禁されているんだ」

「どうして、そんなことになったの?」と聞いたとたん、キムが私の持っている携帯を取り上げ、

「話は、そこまででいいだろう」と言って、携帯を切った。

「まさか、ジョンを殺したりなんかしないでしょうね」私は、蒼くなってキムに聞いた。

「それは、あなた次第ですよ。あなたが協力してくれる限り、ジョンさんに危害なんて加えたりしませんよ」

「じゃあ、ジョンは人質って言うわけ?」

私は唇をかみ締めて言った。

「まあ、そういうことになりますかね。後10分でこの船を下りてもらいます」と自分の腕時計を見ながら言った。

「ジョンを殺したりしたら、おじさんの祈祷なんてしませんからね」

私はヒステリックになって叫んだ。

キムは苦笑いをしながら、

「大丈夫ですよ。洋子さんがこちらに協力してくれさえすれば」と言った。

それを聞くと、私はともかく今はキムに協力するしかないことを悟った。

「それでは、今から船を下りて、飛行機に乗り換えますが、誰とも口を利いてはいけませんよ。僕と僕の仲間があなたのすぐそばにいますからね」

その時、大柄な190センチは身長がありそうな頑強そうな、ひげをはやしてメガネをかけた30代ぐらいの男が現われた。頬には傷があり、やくざ映画に出てきそうな男だった。

なにやら、韓国語でキムに言ったが、私には何を言っているのか分からなかった。低いドスのきいた声だった。

「それじゃあ、船を下りましょう。今から空港に行きますが、誰とも口をきかないように。いいですか?でないと、ジョンさんの命は保証できませんよ」とキムは言った。

国外に出るなら、パスポートなどが必要なはずだが、どうするのだろうと思ったが、そんなことは私の心配することではないと思いなおした。

「それはじゃあ、申し訳ないが、目隠しをしてもらいますよ」と言うと、キムは後ろから私の目を鉢巻のようなもので覆った。

キムに手を引かれて船を下りると、熱い日差しに体が覆われた。そして車のエンジンの音が聞こえ、私は車の後ろの席に、押し込められた。私はキムとキムの仲間の大男に挟まれて座らされた。車の中はエアコンがきいていたが、知らない男たちの体温が私の両腕に伝わってくるのは、余りいい気持ちではなかった。車の運転手もキムの仲間のようだ。まさか何も知らない人間が運転をするとは思えない。車は後ろのドアが閉まる音と同時に、動き出した。車は何度か左に曲がったり右に曲がったりした後、まっすぐな道を走り始めた。きっと空港に続く高速道路に入ったのだろう。キムも、大男も黙ったままだった。時計がないのではっきりした時間は分からないが30分も走った頃だろうか。車が停まった。

キムが私の目隠しをはずした。そして私の目の前にパスポートを差し出した。それは、朝鮮人民共和国と書かれていた。私ははっとなってキムの顔を見た。

私は北朝鮮に拉致されるのだと悟ったとき、これまで拉致されたままになっている人たちのことを思い出し、背筋がぞくっとした。

「ともかく、ここは黙って付いて来て下さい。用事が終わったら、大丈夫、返してあげますよ。ここから先は、朝鮮人のキム・キュオンとして振舞ってもらいます」

有無を言わせない態度だった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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