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カウラへの旅(3)

~~ 翌朝、デニスは良太を連れて収容所があった場所に、出かけていった。収容所のある通りは、「さくら通り」と名づけられていた。
収容所跡は、草の生えた野原になっていたが、10メートルばかりの高さの看守塔のようなものがあった。すると、田舎の有線放送のようなものが流れてきた。
「皆さん、戦争捕虜収容所跡にようこそお越しになりました。ここにある看守塔は、戦後再建されたもので、収容所跡には鉄条網がはってあります」
その看守塔の側に大きな木の看板が立てられていた。その看板には、収容所の説明と見取り図が書かれていた。それを見ると、ここには12角形に塀が作られ、ABCDの4つに敷地が分けられていたそうだ。AとCはイタリア人捕虜が、Bに日本人の下士官と兵たちが、Dには日本人の将校、イタリア人の捕虜、朝鮮人と台湾人の捕虜が収容されていたと書かれていた。日本人の下士官と兵で捕虜になっていたのは、1100人余りだったそうだ。暴動を起こしたのは、下士官と兵だったということだ。朝鮮人と台湾人の捕虜がいたと書いてあるのを読んで、良太は不思議に思った。確か、第二次世界大戦で日本と同盟を結んでいたのは、イタリアとドイツだけだったと思ったのだが。
「朝鮮人や台湾人もオーストラリアと戦ったの?」と良太がデニスに聞くと、
「その頃朝鮮も台湾も日本の植民地だったんだよ。知らなかったか?」と、デニスが驚きの声をあげた。
「うん。知らなかった」と、良太は答えたものの、無知をなじられているようで、いい気はしなかった。
収容所跡の敷地内には、6畳ばかりの広さのトイレか台所があったと思われる配水管のあるコンクリートの仕切りの跡があるだけだった。良太が周りを見回すと、収容所は牧場に囲まれていて、なだらかな緑の丘に羊が群がって黙々と草を食べているのが見えた。丘の一角は黄色いカーペットを敷いたように菜の花が咲いていた。とてものどかで、良太には、血なまぐさい戦争とは無関係のような風景が、きのう聞いたカウラ騒動を別の世界の出来事のように思われた。
崩れたレンガの中からカンガルーが出てきて、良太を驚かせた。それも、一匹ではなく、5匹も出てきた。一家でここに住んでいるように思える。皆立ち止まってじっと良太たちのほうを見つめている。良太は、これまで動物園でカンガルーを見たことがあるけれど、野生のカンガルーを見るのは初めてだった。好奇心につられて良太が近づくと、カンガルーたちはピョンピョンはねて、遠くへ逃げて、またこちらを眺める。また近づくと、同じ間隔をあけて逃げ、また立ち止まって、こちらをじっとみつめている。まるで鬼ごっこをしているようである。
デニスが、
「良太、あんまり近づくと危ないぞ。カンガルーに蹴られたら、大怪我するぞ」と言うので、良太はそれ以上カンガルーに近づくのをあきらめた。
「こんなところで暴動があったなんて、信じられないね」と良太が言うと、
「そうだな」と、デニスは答えた。
「じゃあ、今からその暴動で死んだ人達が祭られている日本人の墓地を見に行こうか」と、良太に言った。
地図を見ながら墓所と書かれているところに行くと、舗装のしていないわき道があり、そのわき道に入っていった。すると、両側には、ベッドのようなお墓が見渡す限り並んでおり、それぞれの墓にはあざやかな赤や黄色、青と、色とりどりの花が飾られていた。良太はまるで花畑に迷い込んだような錯覚にとらわれた。しかし車を降りて、墓に書かれている名前を見ると、「William Baker」と書かれている。その隣はと見ると、そこには「Sherry Watson」と書かれている。皆オーストラリア人の名前だった。
「デニス、ここはオーストラリア人のお墓みたいだよ。日本人の墓は、どこにあるのかな」と、良太が周りを見回すと、今入ってきた脇道の入り口あたりの一角が塀で囲まれている。
「もしかしたら、あれかな?」と良太が言うと、
「そうかもしれないね」と、デニスが言い、二人でその塀の一角の中に入っていった。すると、まるで丸太が並んで横たわっているように、黄土色の棒状のコンクリートがいくつも並んで見えた。そのコンクリートには、ローマ字で名前、没年が書いてある銘板が、いくつも貼ってあった。オーストラリア人の墓とは対照的に花は一切なく、ひっそりしていた。良太が、銘板を見ていくと、皆一様に没年のところに、「5-8-1944」と書かれている。
「これって、カウラ暴動の時に死んだ人達じゃないかな」と言うと、デニスも、「きっとそうだよ」と、頷いた。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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