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百済の王子)2)

第一章 セーラの旅

時は2014年。
セーラは、メルボルンに住む20歳の学生である。父はオーストラリア人だが、母は日本人。初めて会った人は、皆百パーセント白人かと思うくらい、父親似である。すらりと長い足、茶色の髪、瞳は大きくまつげが長く、色白だ。鼻だけ母親似で、それほど高くないが、セーラは父親似のような鷲鼻にならなくって良かったと思っている。皆から良いところばかりもらったねとうらやましがられることも少なくないが、セーラ自身はそれほどありがたいとは思っていない。
セーラには、高校時代からつきあっていたトムと言うボーイフレンドがいた。一緒に山登りしたり、東南アジアを旅行したり、パーティーに出かけたり、いつも一緒だった。友達からも似合いのカップルと言われていた。両親も将来二人は結婚するものと思っていたらしい。セーラも、二人が就職が決まって落ち着いたら、結婚するつもりだった。それなのに、トムの大学卒業間近になって、別れることになってしまった。トムがカタールに行くと言い出したからだ。カタールで、高給の仕事を見つけたから、カタールに行って、ひともうけしたいと言い出したのだ。セーラも一緒に行こうと誘われたが、セーラは、カタールのような中近東の国に行くのは、ためらわれた。まず暑いのが苦手だ。それに、今はカタールは紛争に巻き込まれていないが、中近東ではしょっちゅう戦争が起こっている。カタールで紛争が起こらないという保証はない。それに、カタールでセーラも何か仕事が見つかればいいが、文科系のセーラができるような就職口は、見つかりそうもない。そうすると、毎日トムの帰りを待つだけの専業主婦になる以外ない。トムはそれでいいと言うが、誰も知る人のいない、言葉も分からない国に行くのは、気が重かった。極力トムに行かないように頼んだが、冒険心の強いトムは、それなら別れようと言い出したのだ。セーラはトムが自分と仕事をはかりにかけて、仕事を取ったことに腹が立ち、「それなら、別れましょう」と反射的に言ってしまった。言った後になってしまったと思ったが、一度口から出た言葉は取り戻しようもない。
トムがカタールに発った後、セーラは落ち込んで、家に閉じこもる日々が続いた。そんなセーラを見て、母親が、
「日本にでも行って、気分転換したら?」と言ってくれた。
それで、日本に来た。いつもは母と一緒の日本への旅だったが、一人で来るのは初めてで、全く不安がなかったかといえばうそになる。高校で日本語を勉強したが大学では全く勉強しなかった。だから日常会話には困らなくても、漢字となるとお手上げだ。
関西空港に着いた時点では、いたるところにある標識は日本語とともに英語でも書かれているので全く困らなかった。。母方の両親は亡くなっていたが、母の妹が福岡に住んでいる。関西空港からほど遠くない奈良を観光してから、叔母の家に行くことにした。関西空港に到着したのが午後9時半と遅かったので、その晩は大阪にあるビジネスホテルに泊まった。日本との時差が1時間しかないので、その日はすぐに眠ることができた。翌朝、大阪駅から、奈良行きのJRの電車に乗った。鈍行に乗ったため、電車はのんびり各駅に停まって行く。天気はよく、沿線には桜の並木があるところも多く、青空を背景にピンクの花を見ると、なんて美しいのだろうと、セーラは沿線の景色にうっとり見とれた。日本に来てよかったと、つくづく思った。傷ついた心が癒されていくのを感じた。桜の花を満喫していているうちに電車は1時間で奈良に到着した。
奈良についてのセーラのもっている知識といえば、日本最古の首都があったということくらいである。710年に奈良に都が作られたと言われても、セーラにはぴんと来ない。それも無理はない。学校で習うオーストラリアの歴史といえば1770年ジェームス・クックがオーストラリアを発見。それからイギリスは原住民であるアボリジニを征服して植民地にした話からオーストラリアの歴史は始まる。その千年以上も前と言うと、セーラの想像の域を出てしまう。
セーラは奈良に着くと駅前にある観光案内所に行って、地図をもらった。駅から程遠くないところに、興福寺とか奈良公園など、観光名所があるようなのを知って、その日は駅周辺の探索をすることにした。遊歩道になっている商店街を抜けたところで左手に大きな五重の塔が見えた。地図を見ると、興福寺と書いてあった。塔の写真を撮ろうとカメラを構えると、赤い五重の塔とピンクの桜の花が蒼い空に映えた風景が、レンズを通してセーラの目に飛び込んできた。セーラはその美しさに思わず感嘆の声をあげた。
奈良公園で鹿を見かけ、のんびり歩いているうちに夕暮れになってしまった。駅に戻って、駅の近くのホテルにチェックインすると、その晩は、次の日にどこを見て歩こうかと英語で書かれた地図を広げて眺めた。そのうちAsukaという地名を見つけ、どこか記憶の片隅にそんな名前を見たことがあるように思えた。そして思い出した。メルボルンにあるカラオケバーの名前が飛鳥だったことを。何だかロマンチックに聞こえる地名に惹かれて、セーラは次の日飛鳥に行ってみることにした。

著作権所有者 久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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