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百済の王子(25)

セーラは自分の部屋に戻ったあと、葬儀にはどんな服装をすればいいのか、知らないことに気づいた。

セーラは、母方 の祖父の葬式に参列したことがあるが、その時は、皆黒い服か着物を着ていた。オーストラリアでは地味な色あいの服であれば、黒でなくても良い。祖父の葬式 で黒い髪に黒い服の日本人が会場一杯にいるのを遠くから見たとき、セーラは何だか、アリの集団をみているような奇妙な感覚に襲われたのを思い出した。葬式 に出席するとなると、黒い服がいるようだが、セーラには黒い着物はなかった。おりんにどうすればいいか聞く以外ない。

おりんを呼んで

「黒い服が明日いるのだが、用意してくれない?」と頼むと、

「黒い服?どうして黒い服がいるのですか」と、要領を得ない。

「明日 豊璋様の奥方のお葬式に出るように言われたの」

「お葬式に黒い着物でいらっしゃるつもりですか?」と、驚いた顔をする。

「だって、葬式には黒い着物を着るものでしょう?」と言うと、

「とんでもありません。白い着物を着るものでございますよ」と呆れ顔で、言う。

「倭国では、黒い着物を着るものだと思っていたが、白い着物を着るのは、百済の習慣なの?」と聞くと、

「倭国でも、百済でも、白い着物を着るのが慣例になっております」と答える。

どうやら日本の長い歴史の中で、いつの間にか、喪服の色が、白から黒に変わったようだと、セーラは気づいた。

「それでは、白い着物を用意して頂戴」と、おりんに衣装の準備は任せた。

翌 日の葬儀には、棺に入れられた奥方の遺体の後をついて行列ができ、セーラはその行列の後ろのほうに加わった。行列の先頭を行く男たちのグループからは、物 悲しい歌声が聞こえてきた。田んぼに囲まれた細い道の沿道には、百済の装束を来た老若男女が、並んで座っており、棺が側を通ると、一斉に「アイゴ!アイ ゴ」と、体をゆすぶって泣きはじめた。どうやら百済からの移民のようだが、皆百済の国の王子の妃に敬意を表しているようだった。

棺は、1時間ばかり歩いたところの小高い丘の上に埋められ、その上を小山のように、土を盛り上げられた。まるで、この世界に来る前に見た、宮尾古墳の小型のようであった。墓の前で、 豊璋をはじめ、皆 一斉に両手を顔の前で重ね合わせて顔をおおって、ひざまづき、平伏しては、立ち上がる動作を三回繰り返した。セーラも見よう見まねでみんなのあとについて 三回平伏した。それから、行列は、来た道を引き返した。引き返すときは棺はなく、皆しおしおと帰る足取りは、行くとき以上に、遅かった。この日は、セーラ は 豊璋と言葉を交わすチャンスはなかった。

葬式があって1週間、 豊璋から音沙汰なかった。セーラは 豊璋のことを思うと夜なかなか眠れ なくて起き出し、頭をひやすために庭に出た。その晩は満月の夜で、月の明かりで、庭が照りだされていて、明かりをつけなくても、庭を散策できた。セーラが 庭にある池の近くに来たとき、月を見ながらたたずんでいる男のシルエットが見えた。最初誰だか分からなかったが、近くに寄って、 豊璋だと気づいて、声をかけるべきかどうか、迷った。しばらく躊躇をしたが 豊璋は物思いに沈んでいて、セーラが側にいることも気づかない様子だった。その横顔が憂いに満ちていて、セーラの心を締め付けた。だから、セーラのほうから思い切って 豊璋に声をかけた。

「 豊璋様、まだお休みにはならないのですか?」

 豊璋は、セーラから声をかけるまで、セーラが近くにいるとは気づかなかったようで、びっくりしたようにセーラのほうを振り向いた。

「ああ、そなたか。そなたこそ、まだ寝ないのか?」

「今晩はどういうものかなかなか寝付けず、庭を探索しています。奥方様のことを思い出しておられたのですか?」

「百済のことを思い出しておった。百済では太子として育てられ、あんな変事さえ起こらなければ、妻もいつか王妃となれただろうに。異国の地で、人質として死ぬことになるとは、夢にも思わなんだであろう。運命と言うのは、どう変わるか分からぬと思っておったところだ」

運命はどう変わるか分からないという感慨はセーラにもあった。

「そうですね。本当に分からないものですね。私もまさかこんな世界に迷い込むことになるとは、思いもしませんでした」

「そう言えば、そなたも異国にいるわけだな。あの月を見てごらん。きっとそなたの国の者も同じ月を見ておることであろう。そう思えば、少し心慰められるのではないか」

セーラは思わず、言ってしまった。

「いいえ。残念ながら、私の家族は、この月を見ていません。千年以上も先の月を見ていることでしょう」

 豊璋はセーラの言葉に驚いたようで、

「千年先の月と言うのは、そなたが未来から来た人間のように聞こえるが、そなたは未来から来た人間なのか」

セーラはここまで言ってしまったからには、今更隠すこともないと正直に話す決心をした。この一年間 豊璋を見てきたが、 豊璋なら真面目に自分の話を聞いてくれるという確信のようなものが芽生えていたのだ。

「私の国、オーストラリアは、この時代にはまだ存在しない国なのです。私の母が日本人なので、私は日本に遊びに来ているときに、この時代に迷い込んでしまったのです」

 豊璋は、ぽかんとした顔をした。セーラの話を信じるには、まだ時間がかかりそうだった。

「私が額田王様にお見せした携帯電話は、私の国では皆使っているものです」

「そう言えば、そなたは不思議な道具を持っておったな。それでは、あれは千年先に作られたものなのか?」

「そうです」

 豊璋は、セーラの言葉を素直に信じたようだった。セーラの顔をじっと見て、

「さぞかし、自分のいる国に帰りたいことであろう」と、心の底からセーラに同情して言った。セーラは思わず言ってしまった。

「確かに、あなたにお会いするまでは、どうにかしてオーストラリアに帰りたいと、そればかりを願っておりました。でも、あなたに会って、この国にいるのも悪くないと思うようになりました」

 豊璋は、セーラの言っている意味をすぐには飲み込めないようだった。

「それは、どう言う意味だ」

なんて、にぶい男なのだろうと、セーラはいらだたちを感じて単刀直入に言った。

「それは、あなたを好きになったからです」

 豊璋は、セーラの気持ちをまるで分かっていなかったようで、返す言葉を失った。

 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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