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さようならジョン(最終回)

 ジョンの葬儀は彼がこの世を去って10日後に教会で行われた。その日は、大雨が降り、皆、いたずら好きだったジョンが雨を降らせて、参列者を困らせているんだとこぼしあった。

 オーストラリアの葬儀では、参列者は派手な色は避けるものの、派手でない限り、何色を着ても皆余り気にしない。でも、服装にやかましかったジョンを参列者は皆知っていたようで、男性は皆白いシャツにネクタイをして黒い背広を着ていた。女性もほとんど礼服のような黒い服を着ていたが、一人だけ派手な赤色の服を着た女性を見かけた。近寄ってい見ると、ジョンの元妻のケリーだった。

「ケリー、お久しぶりです」と声をかけると、みるみるうちにケリーの目から大粒の涙が流れだした。のどを詰まらせながら、「ジョンがこんなに早く亡くなるなんて、夢にも思わなかったわ」と言うと、ハンドバックからハンカチを取り出して、涙をぬぐった。ケリーはまだジョンを愛していたんだと、胸をつかれた。

 他の参列者達は、お互いに靴を見せ合って、「今朝はちゃんと磨いてきたぞ」と言い合っていた。勿論、私もこの日の朝、靴をきれいに磨きあげ、黒いスーツを着てきた。

 葬儀の手順は、ジョンが全部死ぬ前に決めていた。リハーサルは、できなかったらしいが。

 キャシーが司会を務め、男の牧師が聖書の言葉を読み上げ、賛美歌を皆で歌った。

 生前のジョンと仲の良かった人たちが壇上に上がり、それぞれが経験したジョンの奇抜な行動を披露する。そのたびに、皆笑い、ジョンを懐かしんだ。ジョンがレストランで、テーブルの上で、踊った話。株主総会の重要な日でも、クロコダイルダンティーという映画の主人公のように、カーボーイのような恰好をして現れ、皆を煙に巻いたことなど。茶目っ気たっぷりのジョンを思い出させる話ばかりだった。

 葬儀で初めて知ったことがたくさんあった。彼はイギリスからの移民の子で田舎で育ち、家が貧しかったので、高校一年で学校をやめ、メルボルンにきて、いろいろな職を転々とし、ベトナム戦争にも駆り出されて、2年間、ベトナムで戦ったということだ。そのあと、メルボルンに戻ってきて、セールの仕事をして、やり手として知られるようになり、私がジョンと会った会社に引き抜かれたということだ。大学にも行かないで、社長の座を射止めたというジョンは、オーストラリアならではの出世物語と言えるだろう。

 スライドショーが披露されたが、スターウォーズのテーマソングが流れるとともに、スターウォーズの出だしと同じように文字が川が流れているように上へ上へと流れて消えていった。ジョンらしい演出だと、誰かがささやいた。

披露された写真には、ケリーとの幸せな結婚生活を送っていた頃のものや、かつらをかぶって着物を着て、芸者姿に変装したジョンもあった。皆から愛されたジョンを、私は再確認し、初めて涙がでた。

 皆の思い出話が長かったため、2時間も葬儀が続いた。そのあと、飲み物や食べ物が用意されていたが、私は、何となくみんなと話をする気になれなく、疲れを感じて帰りの道を急いだ。

 帰りの車を運転しながらラジオをかけたら、奇しくも、ビクトリア州政府が安楽死の議案を提出したというニュースが流れた。すると、ジョンがあの世で右の親指を挙げて、ウインクしている姿が目に浮かんだ。

追記:この物語はフィクションですが、モデルになった人がいます。その人は2016年11月23日に安楽死をしました。この物語を彼にささげ、彼の冥福を祈りたいと思います。

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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