すさまじきものは宮仕え(後編)
更新日: 2017-03-04
隅田と2か月ぶりに会った。隅田はAPECの首脳会議が日本の地方都市で開催されることになったので、その準備と後始末のために出向させられていたのだ。2か月ぶりに見る隅田は少しやつれて見えた。
メニューから適当なものを選んで、ウエイトレスが去ると、私は早速聞いた。
「どうだった、日本は?ご家族に、会えた?」
「それどころじゃなかったよ。ともかく、大変だったよ。毎日仕事が終わるのが午前4時。出勤時間が午前8時半だから、4時間の睡眠時間しかとれなかったよ。毎晩というか毎朝帰ったらバタンキューだよ。それに朝目覚ましの音に起こされて、ぼうっとした頭で出勤するという毎日だったよ」
「まあ、そんなことしたら、過労死するじゃない。そんなに大変だったのなら、上司に交渉して、人を増やしてもらえばいいのに」
「残念ながら、僕たちが任された仕事っていうのはちょっと複雑でね。いちいち人に説明しているよりは自分でやったほうが速いと思ったんだ」
「ふうん、そんなものかしら」
「僕が割り当てられた宿舎って、コップもないひどいところだったよ。日ごろ、コップのありがたさなんて感じたことがなかったけれど、コップがないって不自由なもんだね。歯磨きした後、うがいもできないし、水を飲もうにも飲めない。でもさあ、そのことを一緒に仕事をした男に言うと、『コップがないくらい、いいほうですよ。僕のところなんて布団もないんですからね』というんで、びっくりしたよ」
「まあ、布団がなかったら、どうやって寝たのかしら」
「座布団を並べて寝たそうだ。それに幸いにも夏だったからね。掛布団の代わりにバスタオルをかけて寝たそうだ」
「外務省ももっとましな宿舎を用意してくれればいいのにね」と隅田に同情して言うと、
「いやあ、僕らはまだましなほうだったんだよ」
「えっ!もっとひどいところに泊まらせられた人がいるの?」
「うん。僕たちは中堅だからまだましだったんだ。もっと新人になると、歩いて帰られない宿舎を割り当てられて、困っていたよ。午前4時には公共交通機関も走っていないから、皆タクシーを使わなければいけないからね」
「あら、そのほうがいいじゃない。夜テクテク歩いて帰るよりは」
「とんでもない。タクシー代は自腹を切らなければいけないんだよ」
そう聞いて、私はまたもやびっくりした。
「だって、仕事のためにやむを得ずタクシーを使わなければいけないんだったら、出張経費としてだしてもらえるんじゃないの?」
「玲子さんは本当に、ノーてんきだなあ。今は公務員の出費に対して厳しい監視の目が光っていてね。政府は経費削減にやっきになっているんだ。そんな状況の中でタクシー代の請求をしても請求書を突き返されるだけだよ」
「確かに、経費削減ということはよく聞くけど、そこまで厳しいとは思わなかったわ」
「あちらで仕事をしているときに、担当が変わってね。それでまた苦労させられたよ」
「また慣れない仕事でも押し付けられたの?」
「仕事自体はそれほど複雑なものでないので問題なかったんだよ。でも、テロ対策で警戒が厳しいから、僕たちはいつも身分証明書を首につり下げていなければならなかったので、担当が変わると、新しい身分証明書が必要になんだ。それで、証明書を発行する部署に電話すると、『取りに来てください』って言うんだ。行くのに1時間はかかるところだよ。『とてもじゃないけれど、5時までには取りに行けない』って言うと、『24時間対応できるようになっていますから、いつでも来てください』って言うんだ」
「それで、取りに行ったの?」
「仕方ないから取りに行ったよ。午前3時に。その日の睡眠時間を減らしてさ」
「私、外交官ってかっこいい仕事をする人たちの集まりだと、うらやましく思ったことがあったけど、あなたの話を聞いていると、まだ料理屋の女将をやっているほうが気楽みたいね」
「そうだよ。清少納言も言っているだろ。すさまじきは宮仕えだって」
「本当に、そうみたいね」と、私はうなずいた。
私は、隅田と再会するまでは、外交官はエリート中のエリートの人ばかりで、仕事だってラクチンだと思っていたのだが、最近はその認識が一転した。まさしく、すさまじきものは宮仕えである。もっとも、清少納言の時代のすさまじきという意味は興ざめするということで、現代使われている意味とはちょっと違うようだが、華やかな国際会議の舞台裏では、隅田のような人たちのすさまじき働きがあったことは確かである。
著作権所有者:久保田満里子