前世療法(1)
更新日: 2017-03-11
第一章 佐代子
「ああ、また今日のデイト、失敗かあ!」
佐代子は、アパートに帰るなり、ハンドバックを床に放り投げて、ソファーに座り込んだ。
「もう嫌だ、嫌だ、嫌だ。これで、何回目のデイトだろう」
そう思うと、気が滅入って、頭を抱え込んでしまった。インターネットのデートサイトで、少し脈がありそうな男に片っ端からデートを申し込んでいるのだが、どの男とも、お互いしっくり来ない。佐代子は最近焦りを感じ始めていた。何しろもう33歳。高齢出産と言われるお産のリスクの多くなる35歳までには、何とか子供を出産したいと思っている。だからできるだけ早く結婚相手をみつけたいのだ。
佐代子は、なかなかの美人で、若いころはモテモテで、ボーイフレンドと別れてもすぐに新しいボーイフレンドができ、ボーイフレンド探しで苦労をしたことがなかった。それが裏目に出たようだ。20代は大いに遊んで、結婚相手は30歳になって慎重に選べばいいとおっとりと構えていたが、30過ぎて、同棲していたボーイフレンドに別れようと言われて、深くも考えずにさようならをして、さて、次のボーイフレンドは誰にしようかとあたりを見回すと、めぼしい男は皆、すでに結婚していた。
そんな訳で、自分のプライドを捨てて、インターネットのデートサイトで、相手を探し始めたのが1年前のことだったが、うまくいかないのである。
気が腐っているところに、親友の玲子から電話がかかってきた。彼女も、佐代子のことを気にかけてくれているようだった。玲子もボーイフレンドはいないのだが、5歳年下のせいか、まだ結婚に関しては、悠長に構えている。
「どうだった、今日のデイトは?」
「もう、そのことは聞いてほしくないわ」とは言ったものの、うっぷんのはけ口が欲しい。ついつい愚痴をこぼした。
「インターネットに載っていた写真は、きっと10年くらい前の物だと思うわ。だって、頭が剥げていて、いかにもおっさんって感じだったもの。まだ40歳だというのに、趣味はって聞いたら、ゲートボールだって言うの。ゲートボール何てじいさんばあさんがするものだと思っていたから、ずっこけたわ」
「ふーん。じゃあ、だめだったって訳ね」
「そういうこと」
「ところでさあ、今日面白い人に会ったんだ」
「男?女?」
今の佐代子にとっては、どんな人物であるかよりも、男のほうに関心がある。
「残念ながら、女性よ。彼女、先週私たちの職場に入って来たんだけれど、前世療法ができるんだって」
「前世療法?それって、何?」
「あら、佐代子さん、知らないの?佐代子さんは、輪廻(りんね)って信じる?」
「輪廻(りんね)って、人が生まれ変わることでしょ?うん、信じている」
「それだったら、話しやすいわ。今いろんな問題を抱えている人の中には前世にその問題の原因がある人がいるんだって」
「それは、ちょっとどうかなあ」
佐代子は、はなはだ懐疑的であった。
「まあ、聞くだけ聞いて。ブライアン・ワイスってアメリカの精神科医が始めたものなんだけれど、そのきっかけっていうのが面白いのよね。ブライアンの患者の中に水恐怖症の人がいて、いろんな治療法を試みたけれど、どれも不成功だったんだって。それで、子供の時、何かが起こって、そのトラウマから水恐怖症になったのかもしれないと考えて、その患者さんに退行催眠をかけたんだって。そしたら、なんと大昔エジプトに住んでいた時、洪水に見舞われて、抱いていた子供ともどもに流されて、溺死する場面が現れたんですって。これには、ブライアンもびっくりしたそうよ。あの世何てないんだと思っていた人だったから」
「それで?」
「水恐怖症の原因が分かったら、嘘のように、水恐怖症の症状がすっかり消えてしまったそうよ」
「ふうん」
「それでね、新しく同僚になった、リリーさんていう人、前世療法のできる人で、来週の日曜日に前世療法のワークショップをするっていうんだけれど、一緒に出てみない?」
「まあ、行ってみてもいいけれど」
佐代子は来週の日曜日はデイトの予定をいれていないので暇だったし、ちょっと興味をそそられた。
「良かったあ。私一人ではちょっと行きづらいなと思っていたけれど、佐代子さんと一緒なら安心だわ」
「それって、どこであるの?」
「コミュニティー・センターであるんだけれど、迎えに行ってあげるわよ」
「そう。それじゃあ、お願いね」と、佐代子はワークショップに行く約束をして電話を切った。
参考文献:ブライアン・ワイス 「前世療法」
著作権所有者:久保田満里子