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おもとさん世界を駆け巡る(18)

 おもとさんは、外人居留地を出るとき、フレデリックにあてて、手紙を書いた。フレデリックの手にちゃんと渡るかどうか心許なかったが、自分たちが実家にいることを知らせるためだった。
 おもとさんが三人の幼子を連れて、実家に戻ると、父親と兄の家族にあいさつした。兄と兄嫁の苦虫をつぶしたような顔を見て、おもとさんは気が重くなった。それでも、「これから、一生懸命働きますので、よろしくお願いいたします」と、頭を下げた。兄の子供たちはおもとさんよりも、おもとさんの子供たちに興味をもって、二人でこそこそと小声で話しているが、おもとさんには大体何を言っているか見当がついた。きっと、毛唐の子供だと言っているのだろう。子供たちは皆、色白で、茶色っぽい髪の毛で、フレデリックに似ているからだ。
 挨拶が済んで父親と兄が部屋を出ていくと、兄嫁はすぐに女中頭に言った。
「それじゃあ、これから部屋に連れて行ってやっておくれ。おもとは家の手伝いをすることになっているから、お前のほうからいろいろ教えてやっておくれ」
 案内された部屋は、おもとさんと子供三人がやっと雑魚寝ができるくらいの狭い女中部屋だった。その晩子供たちが寝た後、自分が子供のころに寝たきれいな六畳の部屋を思い出し、悔し涙が出た。でも、自己憐憫をしても何も良いことはない。そう気持ちを切り替えて、翌日から、おもとさんは女中頭のおきくの言うことを黙って聞いて、朝から晩まで身をこなにして働いた。食べ物も使用人と一緒に台所のそばの板敷の部屋で粗末なものを食べた。でも父親には一言も不満を言わなかった。不満を言えば、それでなくても肩身の狭い思いをしている父親をますます苦しめるだけだと思ったからだ。おもとさんの心の灯は、フレデリックがいつか迎えに来るだろうということだった。こんな状態が永遠に続くはずはない。いつかフレデリックとまた暮らせる日がくるだろう。それまでの辛抱だ。そう思ったから、女中頭にへまをしてどやされても、耐えることができた。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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