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ある企業家の死(4)

記者会見の後、記者会見で質問をした、いかにもベテラン記者という感じの40代の男に、加奈は声をかけてみた。
「佐伯さんが自殺するなんて考えられませんよね」と言うと
「君、佐伯さんを知っているの?」と聞く。
「三か月前に取材したことがありますけど、自殺するような繊細な神経の持ち主にはみられませんでしたけど」
「あ、は、は。でもちょっと見ただけでは、誰が自殺をするかという判断なんてできないよ。人気絶頂のタレントが自殺するなんてこともあるしね」とその男は言った。
「そうそう、僕は横浜新聞社の伊藤隆。君は?」
加奈は慌てて名刺をハンドバックから取り出し、「週刊XXの藤沢加奈です」と、名刺を渡しながら自己紹介をした。
 加奈は、伊藤と別れた後、また佐伯の自宅に行ってみた。報道陣が引き上げていることを期待したからだ。加奈の予想はあたって、佐伯の家の前では人影が見当たらなかった。だから思い切って、玄関の呼び鈴を押した。
 きっと居留守を使われるだろうと半分諦めていたのだが、意外にも「は~い、どなたあ」と声がした。その声は以前この家を訪れた時に聞いたことがある、あの家政婦の声だった。
「以前インタビューさせていただいたことのある週刊XXの藤沢加奈です」と言うと、ちょっと間を開けて、「どうぞ」とドアが開けられた。
「奥さんがお会いになってもよいとおっしゃっていますよ。どうぞ」
なんて、ラッキーなんだろうと、加奈はほくほく顔で、応接間のソファーに座った。
しばらくして現れた沙由紀は、夫を亡くしたばかりの妻と言うイメージとは程遠く、ブランド物の赤い派手なワンピースを着て、首にはじゃらじゃらしたネックレスをかけていた。
加奈がソファーから立ち上がり、「この度はご愁傷さまです」と頭を下げると、沙由紀は「どうも」と頭を軽く下げた。
「パパは、エルサが死んでから落ち込んでいてね。私も心配していたけれど、とうとうこういうことになってしまったわ」とため息をつき、早速タバコに火をつけて吸い始めた。
「エルサは、どんな状況で死んだんですか?」
「夜中に急にぐったりなったので、すぐに獣医に連れて行こうと言うことになって、私とパパは夜の街を車で走り回ったけれど、診てくれる獣医が見つからず、仕方なく家に連れて帰ったのよ。でも、うちに帰った時は、もう息をしていなかったわ。死んだエルサの傍でパパはおいおい泣いていたわ。結局赤坂のプリンスホテルで、エルサの告別式をしたんだけれど、その時も、人から慰められるたびに泣いていたわ」
「そうですか」
佐伯は沙由紀が死んだら同じような感情を吐露したかどうか、加奈は疑わしいと思った。
「でも、他殺って言う見方をしている人もいますが、どう思いますか?」
「どう思うって、他殺だとしたら、殺した犯人がいることになるわけだけれど、あなた、まさか私がパパを殺したなんて思っているんじゃないでしょうね?」と、沙由紀は睨むように加奈を見た。「勿論、あなたが犯人だと皆思っていますよ」と言いたい気持ちをグッと抑えて、「そんなことは思っていませんけど」と言ったが、その声は小さかった。
「大体、警察の話だと、パパの飲んだ覚せい剤は苦みがあったっていうことだから、たとえ私がビールに覚せい剤を入れたとしても、パパはすぐに変だと思うはずだわ」と、自殺説を主張した。
「佐伯さんの死体を発見されたのは家政婦さんだということですが、奥様は死体をご覧になりましたか?」
沙由紀は嫌な顔をして、
「見たわ。思い出したくもないけれど、」とうつむいたが、
「家政婦の房江さんの悲鳴を聞いて、2階の寝室に行ったんだけど、口から緑色の液体を吐き出して、苦しそうに顔をゆがめていたわ」と、答えた。
「佐伯さんは、常時覚せい剤を使っていたのですか?」
沙由紀は頭を振りながら
「使ったのを見たことないわ。だからパパの死体を見ても、覚せい剤を飲んで死んだなんて思いもしなかったわ。一目死体を見て何か悪いものを食べたのかと思ったのよ」と思い出すのもおぞましいふうに顔をしかめた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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