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ある企業家の死(10)

翌日の午後、加奈は時間を作って、先日家政婦を見かけた病院に戻ってみた。総合病院なので、どこの科から調べたらよいか迷ったが、佐伯が脳梗塞を起こしたと言うことを思い出し、加奈は循環器系部門に行き、待合室の椅子に座って、人の出入りを眺めた。先日見かけた医者を見かけたら、アプローチしてみるつもりだった。4時に病院についたのだが、すでに時計の針は5時近くを指していた。待合室の患者を呼ぶのは看護師なので、待合室に座っていても医者を見ることがないことに加奈は気づいた。受付に行って、「去年こちらで、40代くらいの眼鏡をかけた日焼けした感じの背の高いがっちりしたお医者さんに診てもらったのですが、先生のお名前を忘れてしまって、困っています。またその先生に診ていただきたいんですが」と言うと、受付の若い丸ぽちゃの女性は

「それならきっと三田先生よ。三田先生とのアポを取ってあげましょうか?」と親切に言ってくれたが、

「いえ、まず前回のお礼を言いたいので、三田先生のお部屋を教えていただけませんか?」と聞くと、気のよさそうな受付嬢は、「先生の診査室は、一番左の部屋よ」と教えてくれた。

「ありがとうございました」とお礼を言うと、加奈は左の部屋の前にある椅子に座って、三田が出てくるのを待った。三田が診療室から出たのは5時半を過ぎた頃だった。加奈は早速三田に近づいて、「あのう、三田先生ですか?」と言うと、三田は「そうですが」と不審そうに加奈を見た。「あのう、私、週刊XXの記者をしている藤沢加奈というものですが」と言いながら、三田に名刺を渡すと、三田の顔がさっと緊張した。

「週刊誌の記者が僕に何の用です?」と警戒しながら聞いた。

「三田先生は、佐伯信二さんの検診にかかわっていらっしゃるんですよね」と言うと、

「それが、どうしたと言うのです」と、とんぎった声で聞いた。加奈はかまをかけたのだが、三田がこれほどはっきり反応するとは思わなかった。「色々お聞きしたいことがあるのですが、近くの喫茶店でも、行きませんか?」と言うと、三田はいらだった風で「僕はこれから急ぎの用事があるので、失礼するよ」と言う。

「では、一つだけ質問させてください。佐伯さんと最後に会われたのは、いつですか?」と聞くと、「彼は今年の2月に検診に来たから、その時に会ったきりだよ」と答えて、さっさと行こうとするのを、加奈は、三田の背中に向かって、「佐伯さんの家政婦さんとも親しんですよね」と追い打ちかかけるように言った。すると、三田はぎくっとして、一瞬立ち止まったが、それから、加奈の声が聞こえなかったように、さっさと去っていった。加奈は、三田が何らかの方法で、佐伯の死にかかわっていることを確信したものの、これ以上、自分の力では、三田から何も聞き出せないことを痛感した。今はもう警察に通報すべきかもしれないと思いつつ、その日は一旦家に帰った。家の近くの人通りの少ない暗い道に来た時、後ろからスピードを上げて来る車のヘッドライトに気づき、思わず飛びのけたが、車はスピードを落とすこともなく、走り去った。「もしかして、三田に尾行されたのかしら」と思うと背中がぞくっとした。人を一人殺しているのだから、殺す人間が一人でも二人でも犯人にとっては同じことかもしれないと思うと、身の危険を感じ、その晩は、なかなか寝付けなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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