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ある企業家の死(最終回)

 翌朝、加奈は後を誰かにつけられていないかと、後ろを振り返り振り返り駅に向かい、そのまま佐伯信二殺害捜査本部の置かれている世田谷署に向かった。署の受付で、「佐伯信二殺害捜査本部の責任者に、お会いしたいんですが」と言うと、すぐに記者会見でおなじみの顔の高岡警部が出てきた。
高岡は、記者会見で質問をした加奈を覚えていて、「あんたは、確か週刊誌の記者だったね」と言って、応接室の椅子をすすめた。加奈は名刺を渡した後、三田に対する疑惑を順を追って話した。警部は手がかりが何もないのに焦りを感じていたせいか、加奈の話を一通り聞いてくれた。
そして、「佐伯が死んだからと言って、家政婦にメリットはないのだけれど、家政婦と沙由紀の共謀と考えると、三田が覚せい剤を家政婦に渡したと言うことも考えられるな」と、両腕を組んで、自分で自分を説得するように頷きながら言った。
「情報提供、ありがとう」と、いつもは報道陣に対して突っぱねたようなところがあった警部が、微笑みながら言ってくれたのは、加奈にとっては意外であった。
 世田谷署を出てからも、加奈は、周囲に気を配りながら、会社に行った。誰も、加奈に気を止めるような通行人には、会わなかった。「もしかしたら、車に轢かれそうになったのは、事件とは関係なく、偶然だったのかもしれない」と、思い直した。
 加奈が警部に会って3日後、警部から加奈に電話があった。
「情報を提供してくれたお礼と言っちゃなんだが、三田と家政婦、そして沙由紀を逮捕したことを最初に、君に教えておくよ」と言われ、自分の推理が正しかったことが嬉しくて、思わず「やったあ!」と叫んだ。周りにいた同僚の視線が加奈に集まり、慌てて小声で、「連絡、ありがとうございます」と言って電話を切った。
それから、警部から聞いた話を記事にして、編集長に見せると、編集長もニンマリして、「よく、やったな」と褒めてくれた。
その記事は、「家政婦の房江が自分の娘も誘惑しようとした佐伯に対して憤りを感じていたこと。そこで沙由紀と手を組んで、佐伯を殺すことを計画。遺産が入ったら、その遺産の5分の一をもらうことになっていた。そして、三田のおばだった房江は、佐伯を診ていた三田医師が仕事のプレッシャーに耐えかねて覚せい剤に手を出していたことを知り、三田にも協力を求めた。三田は協力しないと麻薬中毒であることを公表すると半分脅かされた感じで、覚せい剤を房江に渡した。それからは、あの事件のあった日、房江と沙由紀はビールに覚せい剤を入れ、佐伯を殺害するに至った」と言うものだった。

著作権所有者:久保田満里子


 

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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