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人探し(13)

1月2日は五十嵐と藤沢に2時に会う予定だったが、お昼前には家を出た。町は時折振り袖姿の女性がいて、町中は平生聞かない琴の曲が流れていた。皆のうきうきした顔が少しまぶしかった。駅前のラーメン屋でラーメンを食べ、ホテルに向かった。ホテルの回転扉を押して中に入ると、五十嵐はすでに来ていた。いつもは家で会うせいか、セーター姿が多いのだが、今日は弁護士として会いたいと言ったせいか、紺色の背広を着て、襟元に弁護士バッジをつけていた。
「よう、久しぶりだな。そうだ。新年のあいさつをしなくっちゃいけないな。明けましておめでとうございます」と、五十嵐がおどけたように言うので、正雄も、「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と頭を下げながら言った。
「お前のつれって言うのは、一緒じゃないのか?」と聞くので、
「直接ここで会おうと言うことなっているんだが」と、正雄はラウンジを見回したが、藤沢の姿は見えなかった。
「まあ、ともかく座れよ」と五十嵐に言われて、五十嵐の真向かいに座った。そして、用意してきたお年玉の袋を取り出し、
「これ、唯ちゃんと、健太君に渡してくれ」と言って、渡した。
「やあ、すまないな。じゃあ、遠慮なく受け取っておくよ」と五十嵐は、ブリーフケースに入れた。
正雄はもう一度ラウンジを見渡したが、藤沢はまだのようだ。
「で、相談したいことって、何なんだ」
「そうだな。相談の概要は、藤沢さんが来る前に話したほうがいいだろうな。実は…」と、正雄は藤沢のブログを見て、病院で自分が藤沢と取り違えられた可能性に気づき、DNA鑑定をしてもらったこと。その結果自分は藤沢の母親の実子だったことが分かったが、藤沢と正雄の両親とのDNAは合わなかったことを説明した。一旦今までの経過を説明したところで、「遅くなってすみません」と言いながら、正雄たちのいる席に藤沢が近づいてきた。
「ああ、藤沢さん、こちら弁護士の五十嵐。こちら今話した藤沢さん」と正雄は二人を引き合わせた。
「はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします」と藤沢は深く頭を下げた。
藤沢が座ったところで、ウエートレスが近づいてきたので、三人は皆コーヒーを注文した。
「今、坂口から大まかなことは聞きましたが、要するに、病院で赤ん坊の時とり間違えられて、坂口も藤沢さんも他人に育てられたと言うことですね」
藤沢はうつむいてうなずきながら、「そうなんです」と答えた。
「XXX病院もいい加減な所だなあ」と五十嵐が言うと、それまでのたまった憤懣を吐き出すように、藤沢は憤慨した顔で言った。
「そうなんです。はっきり取り違えたと言うことは分かっているのに、母が浮気をして作った子だとかいい加減なことを言って。そのために母も僕もどれだけ苦しんだことか」
藤沢の声は最後には怒りで震えていた。
五十嵐はノートを取り出し、
「それでは、まず最初にやることは、病院に非を認めさせることですね。そして、あなた方が生まれた日に、もう一人男の子が生まれていないかを調べることですね」と、言いながら、書き込みをし始めた。
「そうです。母も僕も、何度も病院に抗議をしましたが、全く聞いてもらえませんでした」
正雄も口をはさんだ。
「弁護士からの正式の要請となれば、病院側も非を認めざるを得ないと思うんだ。はっきりしたDNA鑑定書があるんだから」
「そのDNA鑑定書のコピーでももらえるかな。それがないと病院も納得しないだろう」
「分かった。それから何かいる物は、あるか?」
正雄が積極的に話を推し進めようとすると、藤沢は横からおずおずと言った風に、
「弁護士代はいくらくらいかかるんでしょうか」と聞いた。
「そうそう。最初にいくらくらい弁護士代がかかるか、教えてくれよ。俺たちあんまり金がないんだ」
「まあ、百万とみておいたほうがいいだろうな」
「百万!」
「百万なんて安い方だよ。もっとも君たちのケースは、病院から慰謝料が取れそうだから、病院からもらったお金で、払ってくれればいいよ。それに、マスコミに暴露して、マスコミからお金をもらうとか。赤ん坊取違事件なんて、週刊誌が喜びそうな話じゃないか」
「でも、そうなると、僕の母にも、あなたの両親にも分かってしまいますよ」と、藤沢が正雄の思いを気遣って、口を挟んだ。
「それは、今の時点ではしたくない」と正雄も、その案には消極的だった。
「じゃあ、ともかく病院にアプローチして、病院の出方を見てから、その後どうするか決めよう。じゃあ、僕は正月明けに病院長に面会を申し込んで、行ってみるよ」
「よろしくお願いします」と藤沢は頭を下げた。正雄も「よろしく、頼むよ」と藤沢につづいて頭を下げた。
「お前はいつまで日本にいるんだ?」と五十嵐が正雄に聞いた。
「15日だ。明日は実母に会いに行く予定だ」
「そうか、今どんな気持ちか?」
「嬉しいような、こわいような、複雑な気持ちだな。でも、このことは、家の連中には、言わないでくれよ。坂本家の実子が見つかったところで、打ち明けたいからな」
「よし、分かった、じゃあ、1月4日に病院側に面会を申し込んで、経過はその都度報告するよ」
「病院に行く時は、俺たちもついて行った方がいいかな?」と正雄が聞くと、
「いや、初対面は僕だけの方が話がはかどるだろう。いつかは一緒に病院に行くことになるかもしれないが、その時は、また連絡するよ」
相談事が終わったところで、
「それでは、僕はお先に失礼します。五十嵐先生、よろしくお願いします」ともう一度藤沢は五十嵐に向かって頭を下げ、正雄に言った。
「では、また明日。五反田駅の改札口の前で、2時に。母には僕の友人として紹介しますから、そのつもりでいてください」
「はい、分かりました。ところで、お母さんの好きな花ってありますか?」
「はあ?」と、突飛な正雄の質問に、藤沢は一瞬どうして正雄がそんなことを聞くのか分からなかったようだ。
「お土産に花でもプレゼントしたいなと思って」
「ああ、そういうことですか。母はバラが好きですよ。家の庭にもたくさんバラを植えています。もっとも今はバラの花の季節ではありませんがね」
「花屋さんでは、温室栽培のバラが売っているでしょう。じゃあ、明日はバラを持って行きます。じゃあ、また明日」と正雄は藤沢に向かって頭を下げた。



著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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