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塞翁が馬(2)

 里奈がパートの仕事をし始めて半年後、私は学科長から、「後期になって学生数が減ってもうパートの人は余りいらなくなったから、後期の仕事は残念ながらありません」と解雇を申し渡された。「でも、また来年、学生数が増えたら、お願いしますよ」と言われたが、それが社交辞令だと言うことくらい、私にも分かった。里奈に仕事をとられた。そう思ってはいけないと思いつつ、妬みはムクムクと私の心をむしばんでいった。そんな時、里奈が修士論文に選んだテーマが、「コンピューター時代に対応する日本語教育」と、時代の先端をいくようなものだったため、指導教官から、1年で論文を書くのは無理だから、博士課程に変えて、3年かけて論文を書いたらいいと勧められと興奮して電話をかけて来た。これで、私の里奈をねたむ気持ちは爆発してしまった。私が大学院に入った頃は修士課程は2年だったのだが、いつのまにか1年で取得できるようになり、博士課程も3年で取得できるようになっていた。私が3年かけてやっと修士を取得したのに、里奈は3年で博士号を取得なんて、不公平じゃないかと、今度は私が彼女を妬む側に変わった。
 それから、彼女から電話がかかってきても居留守を使ったり、週末のバーベキューパーティーは何かと口実をつけては行かなかったり、招待するのをやめたりした。そういう訳で、いつの間にか私たちは疎遠になった。里奈のニュースは、ルークを通して時折聞くくらいになった。
 私が里奈と会わなくなって2年後のことだった。グレッグと里奈が離婚をしたと聞いたのは。
「里奈もずる賢いよな。グレッグのおかげで永住権が取れたとたんに離婚を申し出るんだからな」
「でも、何か原因があったんでしょ。離婚するには」
「うん、里奈が余りにも野心家なのでグレッグは辟易したようなんだ。晩御飯も研究で忙しいからと言って作ってくれなくなったあげく、仕方なくグレッグが作っても研究書を読むので忙しくて一緒にご飯を食べようとしなくなったらしいよ。そのうち夫婦の会話が減ってしまって、グレッグが会社の女の子と仲良くなったというのが、真相らしいよ」
「そう。じゃあ、グレッグが浮気をしたというのが離婚の原因なら、里奈は慰謝料をもらえるんでしょうね」
「いやあ、オーストラリアでは、離婚の原因なんて関係なく、結婚している間築いた財産は半々すると言うのが原則だからね」
「そうなの」
私はたとえ慰謝料が取れなくても、里奈なら世の中うまく立ち回って食いはぐれることはないだろうと、その時思った。世渡りの上手な里奈。それに比べて、私は時折頼まれる日本語の家庭教師くらいの仕事しかしていなかった。ルークのおかげで経済的には全く不自由をしなかったので不満に思うべきではないかもしれないが、大学で教えていた時のような生きがいはなくなっていて、自分でも鏡を見ると目の輝きがなくなっているのを感じた。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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