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墓巡り(3)

僕はアマンダの声を聞いて、すぐに聞き返した。
「うん。どうして?」
「私は死産したから。生まれた日は死産した日と同じだって言うこと。だから一つの日付しかないのよ」
僕は抵抗もなく、このかわいらしい声に耳を傾けた。
「それは、可哀そうだったね。でも、死産でも、お墓作ってもらえるんだね」
僕は、きっとこの子は待ち望まれていた子供だから、お墓を作ってもらえたんだと思った。「愛する娘」って書いてあるし、死産したにもかかわらず、ちゃんと名前も付けてもらったのだから、そうに決まっている。
「君は生まれてくることができなくても両親から愛されたんだね。僕と大違いだ」と僕は少し妬ましそうな声で言うと、その子は驚いたように言った。
「そうじゃないわ。パパとママは仲が悪くなっていた時に、私がママのおなかに宿った時から、パパなんて、ママが妊娠したことを疎ましく思っていたくらいよ」
「ふうん」
「本当はね。私、パパとママを仲良くするために生まれてくるつもりだったんだ」
「へえ、生まれる前から自分の生まれる目的を持つなんて、そんなことできるの?」
「そうよ」
断言する子供に、僕は驚きで二の句も告げられなかった。
「誰でも赤ん坊の時は、何のために生まれて来たか知っているんだけれど、大きくなるにしたがって、皆その記憶がなくなってしまうのよ」
僕は自分の事を考えたけれど、目的を持って生まれたなんて信じられない。もし、僕に自分の人生を選ぶことができたなら、僕は絶対今のように惨めな生活を選ばない。それは断言できた。
「でも、失敗しちゃった。私が生まれてくることが分かったら、かえってパパとママの仲が悪くなったんだ。パパとママは共働きだったんだけれど、ママは仕事を辞めて育児に専念したいと言い始めたの。その時、大きな家を買って住宅ローンの支払いがあったので、パパは自分だけの給料では私達を養っていく自信がなかったらしいの。それでもパパの反対を押し切ってママが会社に辞表を出したものだから、パパはカンカンだった。私、自分のせいでこんなことになったと思うと苦しくなって、毎日喧嘩をしているパパとママの声を聞くのに耐えきれなくなって、結局へその緒を首に巻き付けて、ママのおなかの中で死んだの」
「へ、赤ん坊にそんなことができるの?」
「うん。皆大人はおなかの中の赤ん坊には感情がないのだろうと思っているけれど、ちゃんとあるのよ」
「で、君のパパとママは、仲直りできたの?」
「ダメだった。その時すでに、パパは同僚の女性と親しくなっていたの」
「それはひどいね。じゃあ、離婚したってこと?」
「そう」
「じゃあ、誰も君の墓参りをしてくれないんだね」
「うん。そうなの」
確かにアマンダのお墓は全く手入れがされていなかった。
なんだか、アマンダがひどく哀れに思えてきて、近くの山に生えていた花を取って来て、アマンダのお墓の前においてやった。
「ありがとう」とかわいらしい声が聞こえた時、悲しいのは自分だけじゃないんだと思った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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