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船旅(5)

 翌日、光江はいつものように3時頃散歩に行ってくると言うニールを送り出し、10分後には、きのうニールが出て来た部屋の前に立った。ニールはここにいるに違いない。ニールが出て来た時には、何と言おうか。その時は正直に言おう。あなたがこの部屋に入ったのを見たので、誰に用事があったのかと思ったの。そう思うと、深呼吸をして、思い切ってドアをノックした。しばらくして、ドアを開けて出てきた人物を見て、光江の呼吸は一瞬止まった。ドアから覗いたのは、アマンダだった。
「あら、光江。どうしたの?」
ドアを半分だけ開けて顔だけ出したアマンダは、驚いたように言った。明らかに、部屋の中を覗かれないように注意しているように思えた。
「アマンダ、お久しぶり。先日あなたがこの部屋に入るのを見たの。最近顔を合わせることもなかったから、どうしているのかなと思って」
光江の口からとっさに、そんなでまかせが飛び出した。
「まあ、ありがとう。でも今忙しいので、用事が済んだら、こちらの方から、あなたの部屋に行くわ」
「そう。私達の部屋は、503号室よ。今ニールは出かけていないんだけれど、部屋で待っているわ」と、光江は心の動揺を抑えてそれだけ言うと、自分の部屋に引き上げた。
 ニールとアマンダは、光江が最初勘繰ったように親しい間柄だったのだ。しかし、昨日見た部屋から出て来るニールの横顔は、愛人同士の逢引後の楽しそうな高揚した気分の顔には、見られなかった。もしかしたら、喧嘩でもして、アマンダに別れ話でも出されたのではないか。光江には、それくらいの想像しかできなかった。
 アマンダが来るまでに、光江は自分の部屋に引き返して、コーヒーの用意をした。
 それから10分後。ドアがガチャと音を立て、ニールが戻って来た。いつもは散歩に出かけると1時間ばかり帰ってこないのに、出かけて30分もたっていない。きっと、アマンダの部屋から直接に戻って来たに違いない。
「あら、今日の散歩は短かったのね。でも、ちょうどよかったわ。アマンダをアフタヌーンティーに呼んだの」と言うと、ニールは何事もなかったように、「ああ、そうか。アマンダに会うなんて久しぶりだな」と、うそぶいた。
 それから10分もたたないうちにアマンダが現れた。
「今日は、お誘いありがとう。今さっき、仕事先のボスから、電話があって、失礼したわ」と言って、「はい、これ」と言って、ワインを光江に手渡した。
ワインをありがたく受け取って、コーヒーを出しながら、光江は、「素敵な独身男性は見つかりそう?」と聞いた。
 アマンダは微笑みながら、「この船には独身男性は余りいないみたい。誰か一人者はいないかと、目を皿のようにして探しているんだけどね」と言って笑った。ニールは、「こんなクルーズ船はお金と暇のある老人をターゲットにしているからね、働き盛りの一人者と言うのはあんまりいないんじゃないかな」と言った。
「どこまでこの船旅をするつもりなの?」と、光江が聞いた。
「アメリカまで行って、アメリカで1か月遊んで、飛行機でオーストラリアに帰って来るつもり」
「そんなに長く休暇が取れるの」
「長年同じ会社に勤めているから、3か月の長期休暇が取れたの」
「日本とは大違いね。日本では2週間続けて休みが取れれば、いいほうよ」
「日本人はよく働くものね」
光江はアマンダの様子を見ながらも、ニールがどんな顔をしているか、横目でチラッと見たが、自分たちの会話には無関心なように、コーヒーカップを口にしていた。
「そう言えば、まだ聞いていなかったけれど、アマンダはどんな仕事をしているの?」
「うふふ。どんな仕事をしていると思う?あててみて」
と、からかうように言う。
「さあ。社長秘書?」
「残念。はずれ。実はファッションデザイナーをしているの」
「ああ、だから、いつもファッショナブルな服を着ているのね。それじゃあ、有名なモデルにも会ったことあるんでしょ?」
「私は既製服のデザインをしているから、ファッションモデルとはつきあったことはないわ」
 その時光江は、アマンダは本当にファッションデザイナーかしらと疑いの目で見た。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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