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船旅(13)

「プリンセス号の乗船まで、警護してくださるんですか?」
「二人で行動すると、目立ちます。残念ですが、私は乗船するまでは警護はできません。でも、私の中国人の仲間があなたを陰ながら見守っているはずです」
「そうですか。僕のためにアマンダさんまで犠牲にして、申し訳ありません」と言うと、リーは深く頭を下げた。
「あなたのせいじゃありませんよ。それに、僕たちが選んだ仕事だから、死はいつも覚悟しています」
今回で自分の仕事は終わりだとニールは思ったが、口には出さなかった。
「それじゃあ、ここで配送員の制服は着替えさせてもらいます。この段ボール箱は捨ててください」と言ってニールは段ボール箱の中にあったTシャツと短パンに着替えて、サングラスをした。
「ともかく乗船されて羽田空港に着くまでは、僕が護衛に当たります。無事オーストラリアに着くのを祈っています」と言うと、ニールは手を差し出し、リーと握手をした。
「これからは、あくまでも知らない者同士と言うことでお願いします」
「勿論です」
「公安の尾行が付くと思いますから、できるだけ人込みに入って行動してください。大きなビルのエレベーターを何回も上下することも、尾行をまくのに有効ですよ」
「そうですか。それでは、そうします。夕方の5時までには乗船できると思います」
「じゃあ、これで」と言ってニールはドアを開け、誰も周りにいないのを確かめて、素早く立ち去った。
「これで、一応香港でする仕事は終わった。あと、リーが乗船するのを待つだけだ」と思うと、少し気が楽になったが、尾行が付いていないか気になった。何度も後ろを振り向いては確かめたが、たくさんの人が歩いていて、尾行者がいるのかどうか、判断しかねた。そこで、リーに勧めた方法を自分でも試してみることにした。香港で一番高いビルをスマホで調べると、国際商業センターだと出た。メトロで国際商業センターの近くの駅で降りた。そしてセンターのビルに入った。ビルの中にはいろんな国の銀行が入っているようだった。108階もあると言うビルだが、ニールがエレベーターに乗ると、すぐにサラリーマン姿の30代くらいの中国人の男が乗って来た。男は最上階のボタンを押した。そしてそのすぐ後に、片手にファイルを持った20代くらいの中国人の女が乗って来た。彼女は68階のボタンを押した。そのあと、ニールは考え事をしていて行く階のボタンを押し忘れたふりをして、慌てて、25階のボタンを押した。3人を乗せたエレベーターが25階に着くと、ニールはエレベーターを降りた。25階には銀行があるらしく何人か廊下を歩いている人々がいたが、皆ニールには関心なさそうに、せかせか歩いていた。辺りを見回して、ニールは誰からも監視されていないことを確かめて、すぐにエレベーターの下りのボタンを押し、下降するエレベーターを待った。すると、いくつもの並んだエレベーターのうちの一つのエレベーターの上につけられた灯りが点灯し始め、そのエレベーターが来ることを知らせてくれた。エレベーターの扉が開き、中を見ると、すでに5人ばかりの人が乗っていた。ニールは一旦1階まで下りて、もう一度上昇するエレベーターに乗った。エレベーターに同じ人物が乗っていないか見たが、そんな人物はいなかった。皆せわしそうに、同伴のサラリーマンらしき男と話したり、スマホにかじりついていたり、ニールに関心を持つ者もいなかった。そして、また下降するエレベーターに乗って、1階に降りた。
 これで、尾行をする者はいないことを確認してニールはビルを出た。

著作権所有者:久保田満里子


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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