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夫の秘密(最終回)

その日、夜明けに体がぐらっと揺れ、目が覚めた。家ががたがた不気味な音を立てて揺れている。
「地震だ!」
そう思うと、希子は反射的に素早く起きたかと思うと、机の下に潜り込んだ。揺れは段々ひどくなり、本箱が希子が今まで寝ていたベッドの上に倒れ、本が散らばった。普通は1,2分で終わる揺れが、ますますひどくなった。希子は机の下で恐怖に震え、自然とおなかに手を当てて、おなかの子供を守ろうとしていた。もう終わるか、もう終わるかと、そればかり考えていた希子の耳に、屋根が崩れ落ちて来る大きな音がした、そして、希子の隠れていた机ははがれきの山に埋もれてしまった。
 その時、死への恐怖が希子に襲ってきた。
「まだ生まれぬ子供と一緒に、トムとこのまま会わずに死んでしまうのかしら」と思うと、胸が痛くなった。あんなに憎んでいたはずのトムへのいとおしい気持ちが湧いてきた。
「やっぱりトムを愛している」
 そう思うと、ここで死ぬもんかと力が湧いてきた。しかし土砂の下敷きになって空気が少なくなり、息が苦しくなってきた。呼吸が早くなり、肺がパンクするような痛みが強くなっていく。
「もうダメだ。トム、さようなら」と、心の中で思った。その時、誰かの「ここにも人が埋もれているぞ」と言う声がした。意識のかすれていく中、がれきの山が取り除かれて行く音がした。15分後、明るい光が差し込んだかと思うと、希子は救助隊の隊員の手に引っ張られて、外に出された。息を大きく吸い込み、「助かった!」と思うと同時に気が緩んだせいか、意識を失ってしまった。
 次に気が付いた時は、病院のベッドの上だった。心配そうにのぞき込んでいる顔が見えた。希子の両親の顔だった。「お父さん、お母さん、無事だったのね。良かった!」
2階に寝ていた両親は、比較的早い段階で救助されていた。
「本当に、良かった、良かった」と三人で手を取り合って、無事を喜びあったが、体の節々に痛みが走る。
「私、何日意識不明だったの?」と両親に聞くと、「2日眠っていたよ」と言われた。
「私の赤ちゃんは?」
思わずおなかを探ってみた。まだ妊娠初期なので、おなかのふくらみは以前と変わらず、子供の安否は分からなかった。不安そうに母親の顔を見ると、
「大丈夫だったよ」と言うのを聞いて、希子は安堵のため息をついた。
その後、病室のドアをそっとノックする音が聞こえた。ドアをする方を見ると、ドアが開き、ドアの向こうにトムが立っていた。トムは希子の姿を認めると、希子に走り寄り、抱きしめた。希子はまだ打撲の跡が残っていたので、思わず「痛い!」と言うと、「ごめん」と言ってトムが希子の体から手を外した。
「トム、どうして、ここにいるの?」と聞くと、
「オーストラリアのニュースで、君のいる所で地震が起こって、多数の犠牲者が出たと聞いて、君のことが心配でたまらなくなって来たんだよ。でも、無事でよかった」と、涙ぐんでいる。両親はトムの突然の出現にびっくりしたようだった。その両親に向かって、希子は「私、やっぱりオーストラリアに帰ることにするわ」と言った。「自分が死ぬと思った時、トムは私が一番会いたかった人だから、やはり私はトムと一緒に生きていこう」と心の中で思った。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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