ある写真家の物語(2)
更新日: 2021-10-24
日本にいる時、伊豆諸島の一つ、御蔵島でドルフィンスイミングをやっていたことがあります。イルカは速くて躍動感があり、近寄って来ても、すぐにスピードを上げて行ってしまいます。だから、置いて行かれないように、私も全力で後を追って泳ぎました。すると、イルカは私を見て頷いているような感じがするんですよね。「こっちにおいでよ」って感じでした。私が何メートルか下に潜ると今度はイルカがついてきてくれ、イルカと遊んで楽しんだものです。ある日書店で、自然写真家のT氏のイルカの写真を見て心を惹かれました。イルカが写真家を全面的に受け入れているような表情は印象的で、その写真集を買いました。写真集を買ったのは、初めてでした。
ある日、知人と写真家はどのようにして写真に魂を入れるのかと議論していた時、私はT氏の写真の話をしました。すると驚いたことに、その知人がTさんと知り合いで、Tさんが身近な人に感じられました。
その翌日、旅行好きの私は、次はどこに行こうかと思って色んなツアーを調べていたら、写真家が同行するツアーがあることを知りました。調べてみると、T氏が同行すると言うのです。だから、一も二もなくそのツアーに参加することに決めました。あのイルカの写真を撮った写真家に会えると思うと、心が躍りました。知人とも知り合いと言うのも頭にあって、何かのご縁を感じました。ツアーのお値段は少し高かったけれど。
そのツアーで、初めてTさんに会いました。今では、師匠と思っている人と会い、感激しました。そのツアーの行先は、ボリビアのウユニ湖でした。ボリビアって聞いてもピンとこない人もいるかもしれませんが、ペルーとブラジル、パラグアイに囲まれた南米の中央にある国です。日本からの飛行機の直行便はなく、アメリカのダラスに飛んで、アメリカの国内線に乗り換えてマイアミに行き、マイアミからボリビアの首都ラパスまで行かなければいけないという、行くだけで大変な所でした。ウユニ湖は、その首都ラパスからまた飛行機で1時間かかるところにあります。標高四千メートルもある、四国位の面積のある塩湖です。塩で覆われたまっ平らな所なんです。高山病にかかる人もいるくらいで、本当にたどり着けるのだろうかと不安でしたが、無事にたどり着いた時は、ほっとしました。ウユニ湖は「天空の鏡」と呼ばれることもあり、その湖の湖水に映る雲や星の美しさは有名でした。天と地に対照的にできた雲の中に人がいる写真がよくウユニ湖の宣伝に使われていますが、私は水面に映った天の川を写真を撮りたかったのです。ところがそんな写真を撮るためには色んな条件が揃うことが必要でした。ウユニ湖には乾季と雨季がありますが、乾季には水が全くなくただの白い塩の広がりを見せる平原です。水面に水が張っていないと、天の川の反射は見られないので、雨季を狙っていきましたが、雨季は雲が多いのが難点です。雲のない新月の夜。それに波がたたない風のない日。これだけの条件が揃う日はめったにありません。ところが3日滞在している間、毎晩湖水に天の川を見ることができたのです。シーンとした暗闇の中で満天の星が湖の表面に映る景色はまるで宇宙に浮き上がっているような錯覚を起こさせる幻想的な素晴らしい体験でした。
T氏から繰り返し言われたことは、「写真は頭で撮るものではありません。心で撮るものです。そのためにはまず被写体を愛でることです。カメラの設定はその後にすればいいんです」
自分がまず感動しないと、撮られた写真で他人を感動させることはできないことを教えられました。ファインダーを通して見た美しい景色と自分が一体になったような気持。その感動をほかの人にも伝えたいと言う思いで、シャッターを切りました。その写真を見ると今でも、あの時の感動が思い出されます。
ちょ
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