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岡上理穂さんの物語(6)

久保田:ポーランドでテレビ取材の手伝いをしたと言うことですが、どんなことがきっかけだったのですか?
岡上:ポーランドにいた時、NHK、テレビ西日本、テレビ長崎や北海道放送とかいろいろ手伝いました。今日(2021年10月20日)はショパンのピアノコンクールの最終日で、今晩優勝者の発表があるんだけれど、ちょうど日本でも人気のあるスタニスワフ・ブーニンが優勝した1985年のコンクールの時に、NHKの取材の手伝いで、予選が始まる前から、コンクールが終わるまで、会場にいました。非常にいい経験でした。あと、NHKの場合は名曲アルバムとかね、取材にいらしたときに通訳がてらにお手伝いさせていただきました。
NHKの仕事を引き受けるようになったきっかけは、これも偶然です。私がワルシャワ大学に入学した頃、朝日新聞にエアメールと言う小さなコラムがあったんです。それは海外に住んでいる人からのレポートで、投稿された原稿を文芸部の記者が選んで載せるというものでした。載ると謝礼をもらったような記憶もあるけれど、それに投稿して、時々載せてもらっていました。ポーランドに留学した9カ月後くらいに一時帰国した時に、朝日新聞の記者がインタビューしたいって来られました。その時「連帯」の運動でポーランドが注目を浴びた頃だったので、話題性があったんでしょう。それで、インタビュー記事が朝日新聞に出たんです。ドカンと写真付きでね。40年前のことです。その記事が載ったのがきっかけで、それを見たNHKの人から、今度取材のためにポーランドに行くけれど、お手伝いしてくれないかと言う話が舞い込んできたんです。それはショパンを題材にしたラジオドラマのための取材でした。プロジューサーの方と、脚本家の岩間芳樹さんが、12月初旬の雪がハラハラ降るワルシャワに来られたんですよ。それが、NHKとのお付き合いの初めです。その番組は「ショパン・我が魂のポロネーズ」と言うラジオドラマで1981年度ギャラクシー賞など受賞した作品です。非常にロマンチックなお話で、ポーランドにピアノ留学した女性と現地の若者との愛の物語だったんですよ。1週間くらいポーランド国内を旅行して取材されました。私が実家に送っていた手紙を借りたいというお話があり、後日母から手紙のコピーを岩間さんに送ってもらいました。ポーランド取材の後、お二人はショパンが半生過ごしたパリに行かれましたが、その直後にワルシャワに戒厳令が出されたんですよ。とたんに町中に戦車が走り始め、テレビをつけると将軍がスピーチをしている。外部との電話は全く通じない。国際列車は止まり、飛行場は閉鎖。非常事態になりました。
その後、アンジェイと私は一旦日本に帰国したんですが、岩間さんから、手紙を基に本を書きなさいと言われたんです。出版社も編集者も岩間さんが全てお膳立てしてくださいました。それで、私の最初の本、「ワルシャワに市民の歌声が聞こえる」(福武書店)が出たんです。岩間さんは、その頃売れっ子のシナリオライターだったんです。TBSでドラマを書くので、主人に出演するように勧めてくれたのも岩間さんでした。アンジェイは俳優なんで。日本で二人で生活するのではお金がなくて困っているだろうからと。うちの旦那は日本語は全然できないのに、TBSの連続ドラマの「オサラバ坂に陽が昇る」のレギュラーとして13回出演することになりました。主演は矢崎滋さん、イルカさんや柴田恭兵さんもレギュラーでした。テレビドラマって一週間に一つエピソードを撮るので、毎週プリントしたシナリオが我が家に届くわけですよ。その頃インターネットなんてないから。旦那のセリフを私が読み上げると、どうやってかは分からないけれど、全部覚えちゃうんですよ。それと、彼のセリフの前の人のセリフを教えてくれと言うんですよ。それをキューにしてタイミングをつかむからと言う訳です。そしてシチュエーションだけ教えてくれって言うので、怒っているのとか嬉しいとか悲しいとか背景だけ説明しました。で、本人はリハーサルに行くわけですよ。ドラマでは日本語の話せるポーランド人の設定だけれど、日本語は全く分からないんですよ。シチュエーションだけわかれば、どんな反応をすればいいか分かるから、それだけでいいんだと言うんです。出番も結構多くてセリフの量もありましたけど、セリフを覚えるのは早かったですよ。記憶の仕方が違うんですよね。これはうちの旦那だけかもしれないけれど、ポーランド語でも仕事が終わるとセリフは全部忘れてしまう。シナリオは全部を読まない。自分のとこだけ読むんです。ポーランド人役のドラマが終わった後、ドラマでアメリカ人が必要だからってアメリカ人の役をやったり、フランス人をやったりしました。フランス人の役の時は、うちの旦那はフランス語はしゃべれるんで、フランス語と日本語のちゃんぽんのせりふでした。そんなふうで、1年日本で過ごしました。岩間さんはもう故人になられたけど、本当におせわになりました。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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