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増岡ヒロミさんの物語(3)

 イギリスから日本に帰ってからは、アルバイトをしながらお金を貯めて、宿泊施設を作る準備をしました。その時、主人と出合い、急に結婚することにしました。30歳の時です。夫はちゃきちゃきの江戸っ子の床屋さん。私は雑草のような人間で、全く学習院ぽいところがなくて、主人とは、すごく気が合いました。夫の住んでいたのは中野で、下町だったんです。話し方も違うし、女なのに仕事をしているとかで、町の人たちから嫌われました。子供は4年目にできました。うちの主人は貧乏でしたから、宿泊施設を作るどころではなかったのですが、出産後、退院した時は、思い切って小さな家を一軒買うことにしました。そこで外国人向けの宿舎を始めたんです。それが私の夢の始まりでした。その頃、日本には家具付きで1週間単位で外国人のお世話をするところはかなったんですよ。いわゆる外人ハウスと呼ばれるものの、元になった物を作りました。私が勤めていた英語学校の校長が、JAPAN TIMESにこの宿舎のことを載せてくれたので、自分で宣伝する必要は全くありませんでした。5-6年の間に5軒開きました。お金儲けが目的ではないので、お金が貯まったら、1軒増やすと言うやり方をしましたから。最初にやったのは、ユースホステル式の2段ベットを入れて、男二人と女二人を泊めるというものでした。家の改装をするため、最初は徹夜で自分で壁紙を貼ったりとかしました。宿舎にしたのは、小さなアパートだったり、1軒家であったりとかで、5年目には20-24人くらい一遍に泊めることができました。宿舎があちこちにあるので、オートバイに乗って、全部回って、お掃除などをしたりしました。
 今でもそうですが、他人と同じことをするのは、好きじゃないんです。他人から「え、そんなこと、やってるの?!」といわれるのが好きなんです。
 その頃は、宿舎の経営と同時に、頼まれて、あちらこちらに英語を教えに行ったり、家でも教えていました。学習院の先輩から頼まれて、マツダのモーターレースに専属通訳として加わり、国内外のレースに男の中におばちゃん一人と言う感じで、年に何回も出張して、ついて行ったこともあります。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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