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木曜島の潜水夫(26)

トミーは、オーストラリア人の係官に、どうしたいか聞かれた時、きっぱりと「木曜島に帰りたいです」と答えた。すると、係官が「木曜島に帰るのはやめた方がいいと思うよ。今木曜島では、日本人に対する反感が高まっているからね。木曜島に戻っても、嫌な思いをするだけだよ」と、警告した。
 確かに戦後、オーストラリア人の日本人に対する反感はひどくなっていることは、新聞を読んで知っていた。日本軍の捕虜になったオーストラリア人が、食べ物も十分に与えられず強制労働に駆り出され、捕虜になった3分の2が死んだと言うのだから、オーストラリア人の日本人に対する憎しみは、容易なものではなかった。特に、日本人捕虜を丁重に扱えば、日本軍に捕らえられたオーストラリア人の戦争捕虜も丁重な扱いを受けるだろうと期待していたのが裏切られたのだから、オーストラリア人の怒りは戦争中よりもひどくなっていた。
 しかし係官の説得にも関わらず、トミーは木曜島に帰ることを選んだ。ボーデン真珠会社が、トミーが木曜島でまた潜水夫となって働けることを保証してくれたので、仕事には困らないことが大きな要因となった。
 トミーを面談した係官は、トミーに関して次のように書き留めた。
「この男は40歳になり、人生の半分以上をオーストラリアで過ごしている。妻は、中国人とサモア人の混血で木曜島の住民である。またオーストリア生まれの8歳と5歳の子供がいる。この男が国家安全に関して危険人物になるとは考えれらず、解放すべきである」
トミーの希望は受け入れられたのである。

著作権所有者:久保田満里子

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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