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異母兄弟(最終回)

椅子に腰掛けたキーランにジョンは「よく来てくれたね」と言い、奈美に「あなたにウォルターの家族を紹介しようと思ってマクファーソン家に連絡を取ったんだよ」と言った。
キーランは固い表情のまま、「今日は、僕しか来ませんよ」と言った。奈美は父の家族とあえるとは思ってもみなかったので、戸惑った。
「まあ、君だけでも来てくれたのはありがたいよ」とジョンは、その場を取り繕うように言った。
奈美はキーランを見て、自分と同じ目をしていると思った。茶色い大きな目。
「君は、父の事をどれだけ知っているの?」とキーランが単刀直入に奈美に聞いた。
「全然知らないんです。物心つくころにはもう父はいませんでしたし、母は父のことを話したがらなかったので、父の写真さえ見たことないんですよ」と奈美は素直に答えた。
すると、ちょっとキーランは奈美を哀れむような顔をして、
「そうか。じゃあ、明日お父さんの写真を持ってきてあげるよ」と、言った。
「キーラン。奈美はお父さんのお墓に行きたいと言うんだが、これから連れて行ってあげてくれないか。実は僕は今日の昼から用事があって忙しいんだ」
今さっきまで自分でお墓に連れて行ってくれると言っていたジョンが急にそわそわし始め、中華料理店を出た後、そそくさと消えてしまったのには、奈美はあっけにとられたが、後で考えると、それはジョンの思いやりだったのかもしれない。
キーランはどうやらあっけらかんとした性格のようで、お墓に行く道中、
「僕の母も妹も、君と君のお母さんをまだ恨んでいるよ。君たちさえいなかったら、父は自殺なんてしなくてもよかったのにと言って」と言った。
「あなたのお母さんの気持ちも分からないわけではないけれど、私だって父がいないために学校でいじめを受けたりして大変だったのよ」と奈美は自分の気持ちを吐露した。初めて会った人なのに、素直に自分の気持ちが言えるのが不思議だった。
「君、兄弟いるの?」と聞かれ、
「いいえ。兄弟はあなたとあなたの妹だけ」と言うと、
「そうか。そういわれてみれば、僕達は兄弟なんだね」と、キーランは乾いた笑い声を立てた。
「ジョンさんから、君が僕達の存在を知ったのはつい最近のことだって聞いたけれど、その時どう思った?」とキーランは聞いた。
「きっと、あなたたちは私にも私の母にも会いたくないだろうと思ったわ。だから最初から連絡しようなんて思わなかったの。でも、会いに来てくれてありがとう。あなたこそ、私がメルボルンに来るって聞いて、どう思ったの?」
「まあ、会いたくない気持ちと、どんな子か一度会ってみたいという好奇心とがせめぎあって、好奇心のほうが勝ったというのが、本当のところだ」と、微笑んだ。
「それで、あなたの妹として受け入れてもらえるのかしら」
奈美は首を傾げて聞いた。すると、すぐに答えが戻ってきた。
「うん。君は父に似ているよ」
はにかんだような顔で答えるキーランを見て、奈美はほっとした。きっと憎まれているだろうと思っていたから。そして暖かい思いが心の底から浮き上がってくるように思えた。今までずっと兄弟もいず、母親だけの寂しい家庭だったのに、お兄さんができたという喜び。
キーランが案内してくれた墓には、何も飾られていなかった。誰も何年も訪れなかったように、荒れていた。二人で父親のお墓の前に立ったとき、奈美は心の中で父親に話しかけていた。
「やっと会えましたね、お父さん。そして、素敵なお兄さんに会わせてくれて、ありがとう。メルボルンに来て、本当によかった」
空を見上げると、どこまでも青く、さわやかに澄んでいた。今までもやもやとしていたものが、すっかり晴れ渡ったような、奈美の心のようだった。
ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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