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行方不明(17)

 ライアンに住所を教えておいたので、土曜日の朝8時半にライアンが迎えに来た。

 ライアンの車はきれいとは言いがたかった。車に乗ろうと思うと助手席の足元にはコーラの缶が2,3個転がっていた。

「やあ、ごめんごめん。きれいにしておくんだったな。あまり人を乗せることがないので」と頭をかいた。

 車の中の狭い空間がブライトに行く4時間の間に、二人の距離を縮めた。

「ライアンさん、離婚なさったの?」

「ああ、おばさんから聞いたんだよね。うん。高校を出てから、大学に行く気にもなれなくて、スーパーの店員をしたりしててね。同じスーパーに勤めていた子と19歳で結婚したんだけど、結婚10年目にして離婚してしまったよ。」

「どうしてかって、聞いてもいいかしら。」

「ああ。まあ、相手に好きな男ができてね、うちを出て行ったんだよ。よくある話さ。先月別居して一年たったので、はれて離婚できたってわけさ。」

「離婚するのに、1年間別居しなければいけないの?」

「そうだよ。それでなくちゃ、喧嘩のたびに離婚、復縁を繰り返していては、お役所もたまらないだろ?」

「お子さんは?」

「幸か不幸か、子供はできなかったんだよ。だから結構すんなり離婚できたんだけどさ。あんたのほうはどうなんだ?トニーとどうして知り合ったんだ?」

それから静子の身の上話になった。

 ライアンを最初見た時Tシャツにジーパン、イヤリングにポニーテールとヒッピー的な服装だったので警戒したが、気さくな人柄だと分かり、4時間の道のりをほとんどしゃべりっぱなしだった。

途中休憩をしながらのドライブだったので、ブライトについた時は午後1時になっていた。夏だというのに、ひんやりとした空気が流れていた。

 静子はブライトに着くと、すぐにでも湖を見に行きたかった。ライアンも静子の気持ちを察したのか、道端に車を止めて、地図を広げて湖の場所を確かめた。地図を見ると、湖に沿って車道があった。そこを走ることにした。

湖に沿って走ると、田舎だからすいているだろうと思ったのだが、思ったより混んでいた。週末を利用してメルボルンから来た人が結構いるのだろう。前をまっすぐ見ていると、「この先100メートルのところにレジャーボートあり。」の看板を見つけ、胸がドキッとした。

 夢の中では船着場は右手に見えていた。右手に注意をしていると、船着場が見えた。静子は「あった!」と、思わず声を上げていた。夢で見たときと同じような小さな船着場にレジャーボートがつながれているのが目に入ったのだ。

 ライアンは静子の叫び声で思わず急ブレーキを踏んで、「ここなの?」と聞き、静子の頷く顔を見て、船着場のそばにある駐車場に車を入れた。

車を降りて、レジャーボートに乗ってみることにした。30500円。麦藁帽子をかぶった年配のボートの持ち主にお金を払うと、緑色にぬられたボートを引き寄せ、二人が乗ると杭にくくりつけていた綱をはずしてくれた。二人で向きあって座ると、ライアンがオールをこぎ始めた。日差しは強いが、風は冷たく、さわやかだった。夢で見たのはここに違いない。しかし、ここのどこなのだろう。湖の底は見えず、深そうだった。もしも湖に死体を投げ捨てられたら、捜しようがない。そんな思いにふけっていたら、ライアンが、「ここに死体をすてられたらどうしようもないな」と静子の思いを見透かすように言った。

 30分して、ボートを降り、駐車場に向かった。車に乗り込もうとしたときだった。突然後ろで「静子、僕はここにいるよ。」と言う声が聞こえ、振り向くと道路の向こう側の林の中でトニーが手招きしているが見えた。だが、それも一瞬で消えた。思わず駆け出した静子の腕をライアンが捕まえ、「どうしたんだ?」と驚きの声をあげた。
「トニーがあそこに立っていたの。」と言うと、静子の気が狂ったと思ったようだ。ライアンは憐憫の目で静子を見ながら、「ほら、誰もいないじゃないか」と言った。静子はライアンの手を払いのけると、「行かせて!」と言って駆け出した。ライアンはその後を追った。

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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