Logo for novels

オーストラリアの大学生諸君(3)

「今さっき警察から電話があって、彼が息子を銃で撃ち殺して、その後その銃を自分の口にくわえて引き金を引いて、自殺したって言われたの。」

私は、びっくりしてしまって、しばらく声が出なかった。ようやく気が静まったところで聞いた。

「どうしてそんなことになったの?」

「警察の話では、今日裁判所から奥さんが子供を連れてアメリカに行く許可がでたそうで、息子に会えなくなる事を悲観して無理心中をはかったんじゃないかって言うの」

「そんな・・・」私はミッシェルをどう慰めてよいか分からなかった。

「彼が死んだってこともショックだけれど、彼がそれほどまでに息子のことを愛していたのかと思うと、私は彼にとって何だったのかと考えてしまう。自殺をする前に、ちょっとでも私のことを思い出してはくれなかったのかって。それほど、私は彼にとって、何の意味ももたない存在だったのかと思うと、悲しいの」

ミッシェルはまた新たな涙で顔をぐしゃぐしゃにした。

私はミッシェルがそんなにまでフランクのことを好きだったのかと思うと、彼女があわれに思えてならなかった。

その晩はミッシェルのうちに泊まって、ミッシェルを慰めることに一生懸命だった。

翌朝、9時に目が覚めると、俄然私は最後の哲学に試験のことを思い出して、あわてた。何しろ、何の勉強もし始めていない。ミッシェルはまだ寝ていたが、私はミッシェルを起こさないように、静かにベッドから抜け出し、置手紙をして、ミッシェルのうちをでて、家に帰った。

家に帰って、哲学のテキストを開いても、何も頭に入ってこない。これは大変だ。レッドブルがうちにあることを思い出した。これを飲めば徹夜でもできると友達が言っていた。「まあ、子供用のスピード(麻薬の一種)みたいなものね」とその友達は言っていた。がんばらなければ。何しろ過去の試験問題がないのだから、全部覚えなければいけない。レッドブルを飲んでから、眠気がとれ、俄然頭がさえて、不思議なことに集中力が出て、すぐに読んだことが頭の中に入ってきた。これはいい。この調子で徹夜すれば、何とかなるだろう。眠くなるたびにレッドブルを飲んで、その晩は徹夜した。朝は食欲がなかったので何も食べないで8時にうちを出た。試験は9時から始まる。

8時45分には試験会場になっている展覧会場についた。展覧会場は世界遺産になっている立派な建物なのだが、何しろ広いので、まず自分の席がどこかを貼り紙を見て探さなければいけない。貼り紙の前には学生が群がっていたが、9時前までには調べることができた。9時に会場のドアが開いて、皆吸い込まれるようにドアの中に消えていく。私もその流れにのって広い会場に入った。中に入るとだだっ広い会場には机が限りなく並べてある。天井が高いためか会場の中は暖房が利いていないようで、寒い。メルボルンの冬は厳しくはないとは言え、オーバーなしではすごせない。席に着くと学生証を机の右上に置き、鉛筆と消しゴムだけを出し、後はハンドバックに入れて足元に置いた。試験監督のアナウンスが聞こえた。「今から15分間試験問題を読んでもいいです。しかしまだ解答を書いてはいけません。鉛筆は持たないでください」と指示が出た。

第一問は「社会構築主義とは何か、説明せよ。」とあった。第二問は「人間が善なる存在になるには神の存在が不可欠かどうか、自分の考えを述べよ」とある。他の問題も読んでいくと、勉強したことばかりだ。しめた。これでこの試験もなんなくこなしていけるとゆとりがもてた。9時15分になると、試験監督のおじさんの「始め」と言う声がマイクを通して聞こえ、私はすばやく鉛筆を取って答案用紙に向かった。試験時間は2時間。その2時間は、ともかく書いて書いて書きまくった。「やめ」と言う試験官の号令が聞こえると、私は鉛筆を置いたが、2時間書きまくったため、指が痛かった。それから席を立ってもよいとの試験官のアナウンスが聞こえると、皆いっせいに席を立って出口に向かった。皆これが最後の試験だったようで、あちらこちらで楽しそうな笑い声が聞こえた。私も試験が無事に済み、ほっとした。これから家に帰って寝れる。寝た後、ミッシェルに電話しよう。ミッシェルのうちを出た後、彼女と話していないので、気がとがめている。うちに帰ってベッドに倒れこんだら、案の定ぐっすりねてしまった。なにしろ30時間寝ていなかったのだから。目を覚ましたのが、翌日の朝の6時だった。18時間寝たということになる。起きたら、すっきりした気分だった。試験の前は頭ははっきりしているようなのだが、夢の中にいるような変な感じだった。

コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-03  >
          01 02
03 04 05 06 07 08 09
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー