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もしもあの時(11)

「被告人、ポール・マクミラン、殺人罪——無罪.過失傷害致死罪——有罪」
ポールは、それから続いた裁判長の判決を聞いて、夢ではないかと思った.
「被告は、頭も良く、有名大学を卒業し、人からも好感を持たれる前途有望な好青年であった。それが、女の嘘に騙され、その正義感から人を殺すまでになったのは、不幸な出来事であったというほかない。女からレイプされたと聞いた時、その捜査を警察に任せなかったと言う過失は見られるものの、被告に殺意はなかったことは、被害者を病院まで運んだことから、明らかである。よって、ポール・マクミランには弁護側の主張を受け入れて、懲役2年、執行猶予5年とする。」
ポールは思わずスティーブの方を見ると、満足そうな笑みを浮かべたスティーブが、ポールに向かってかすかにうなづいた。一緒に来た両親も、喜びを隠しきれないようで、顔がほぐれていた。この6ヶ月、ポールの両親はポールとともにどんなに心労を患っただろう。これで、やっと、この事件も終わりを告げ、新しい未来に向かってまた一歩を踏み出すことが出来る。そう思うと嬉しさが心の奥底からこみ上がってきた。
ポールが両親と一緒に法廷を出ると、報道陣に囲まれた。
「判決の感想は?」
「勿論、嬉しい。それだけです」晴れ晴れとした気持ちで答えた。
ポールはこの言葉によって、またトラブルに巻き込まれようとは、その時夢にも思わなかった。
法廷から帰った後、6ヶ月ぶりにケビンに電話した。ケビンも執行猶予を与えられ、実刑を免れたのだ。
「おい、一緒に今晩飲みに行かないか?」
二人ともすぐに話がまとまって、ケビンのうちの近くのパブに行った。ビールのジョッキを持って、「乾杯」と、かち合わせ、久しぶりにビールを口から流し込むと、冷たいビールがひとしおおいしく感じられた。6ヶ月の月日がDVDの早送りのように流れ去り、またケビンとの友情を取り戻したことが嬉しくてたまらなかった。その6ヶ月の空隙を埋めるかのように、二人の話はつきなかった。証言台に経ってくれる人を捜す苦労とか、腕のたつ弁護士がついてくれてラッキーだったとか。あのうそつき女に対しては、特に二人の憤慨は全く収まっておらず、二人で悪態の限りをついて、鬱憤をはらした。そして、あの女に対する鬱憤がおさまると、これからどうするか、二人は将来のことを夢中になって語り合った。ポールは冗談のように、「この経験を本にして出版しようかな」と言うと、ケビンは「それは、いい。俺たちのようなユニークな経験をした者は、世間にはそうざらにはいないものな」と言い、ポールのアイデアに賛成した。
 翌日の新聞には、法廷から両親と弁護士に囲まれ晴れ晴れとした表情で出て来たポールの写真が一面に載っていた。それを見ると、やっと自由になれたんだと思った.これからまた就職口を探して、両親を安心させようと明るい希望がふつふつわき上がって来た。
 ところがすぐその後、ポールの目はその新聞の投書欄に載っていた一人の読者からの投書に釘付けになった。そこには次のようなことが書かれていた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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