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EMR(2)

理沙は省吾からそのイヤリングに似たものを取り返すと、試しに耳に入れてみた。耳に、ぴったりはまる。しかし、何も聞こえては来ない。聞こえないどころか、今まで聞こえていた人の話し声や、皿の触れ合うカチャカチャという音までも消えた。
「もしかしたら、耳栓かしら」と理沙が言うと、
「ちょっと、僕にも貸して」と、省吾が手を出したので、理沙はその奇妙な物を耳からはずして省吾に渡した。
 省吾はその奇妙な物を両方の耳に入れると、
「何も聞こえない。きっと、これは性能のいい耳栓だよ」と言いながら、耳栓もどきを耳からはずそうと腕をあげた。その腕にエイミーが触って、「私にも貸して!」と言った。
すると、省吾は急に変な顔をした。まさかエイミーが触ったくらいで変な顔をすることもあるまいにと、理沙は思い、
「どうしたの?」と、耳栓のようなものをはずした省吾に聞いた。
「耳栓をしている時は、なんの音も聞こえてこなかったのに、エイミーが僕の腕に触れたとたん、エイミーの声だけがはっきり聞こえてきたんだ。変だなあ」
「それは変ね。そんな耳栓があるなんて聞いたことないわ」
 理沙は、耳栓をしたエイミーの手に触れながら、
「エイミー、私の声が聞こえる?」と聞くと、エイミーは理沙のほうを向き、
「勿論聞こえるわよ」と言うので、理沙は「変な耳栓ね」と心の中で思った。すると、驚いたことに、エイミーが
「本当に、変な耳栓ね」と言う。
「エイミー、まさか私の考えていることが分かるんじゃないでしょうね」と心の中で理沙が言うと、
「ええ、分かるわ」と、エイミーが理沙を見ながら言う。
理沙は驚いて、何も言えなくなった。そんな理沙を見ながら、エイミーが耳栓をはずすと、
「理沙、どうしてそんなに驚いた顔をしているの?」とキョトンとしている。エイミーは、理沙が心の中で思ったことも、口に出した言葉だと思っているようだ。
「だって、私、変な耳栓だと心の中で思ったけれど、口に出して言わなかったのに、私の考えていることが分かるなんて、薄気味悪いわ」
「そういえば、そうね。でも、私にはちゃんと理沙の考えていることが伝わってきたわ」
 エイミーがそう言うと、三人は薄気味悪いものを見るように、テーブルの上に置かれた耳栓もどきに目をやった。その時、注文したスープが配られたので、皆黙ってコーンの入ったチキンスープをうつむいて飲んだ。皆それぞれに、この耳栓もどきの正体を考えているようだった。スープを最初に飲み終わった省吾が最初に口を切った。
「それって、誰にもらったの?」
「もらったんじゃないのよ。今度引っ越したマンションの洋服ダンスの引き出しの中にあったの」
「じゃあ、前の住人が置き忘れて行ったってことね」エイミーが考え深げに言った。
「前、どんな人が住んでいたの?」
 エイミーと省吾が同時に聞いた。
「さあ、知らないわ。隣の人に聞いてみれば、分かるかもしれないけれど」
「まあ、隣の人に聞いても、オーストラリアでは隣にどんな人が住んでいるのか知らない事が多いから、余り期待は出来ないけれどね」
 エイミーは何でも悲観的に考える傾向がある。
「でも、知っている可能性がなきにしもあらずだから、食事が終わったら、隣の人に聞きに行こうと思うんだけど、一緒についてきてくれる?」と、理沙が心細げに言うと、
「うん、いいよ」と二人は好奇心に目を輝かせながら言った。二人とも、テーブルの真ん中に転がっている物が何なのか、知りたくてたまらないのだ。
 そうと話が決まれば、早く聞きたいのが人情である。皆食べていても落ち着かない。スープが終わると春巻きが前菜として出てきた。それを食べ終わるとメインコースの牛肉と野菜のオイスターソース炒め、チャーハン、酢豚がでた。最後にオーストラリアの中華料理店だけで食べられる、バナナの天ぷらとアイスクリームの組み合わせのデザートがでた。三人はせかせかと物も言わずに食べた。
 ウエートレスが、「お飲み物は何になさいますか」と聞きに来た時は、もうおなかが一杯で、これ以上何も入らないという気持ちだったし、早く耳栓もどきの正体を知りたいとの焦りもあって、三人とも何もいりませんと答えた。そして、理沙が伝票をもらって会計を済ませると、大急ぎで中華料理店を出た。勿論理沙は、テーブルの上にあった耳栓もどきをポケットにしまいこむのを忘れなかった。
 外に出たらまだ明るい。理沙が腕時計を見ると、午後八時だった。夏時間なので、最近は九時過ぎまで明るい。知らない家を訪ねていっても失礼にならない時間である。
「日本だったら、タオルとかそばを持って、お近づきにって、お隣さんに挨拶に行けるけど、オーストラリアには、そんな習慣ないの?」
「ない」とエミリーはそっけなく答える。
「知らない人を訪ねるのに手ぶらでは、ちょっと・・」としぶる理沙を、
「いいから、いいから」とエイミーは理沙の背中を押すようにして、左隣のうちに行った。理沙を先頭にしてエイミーと省吾は理沙の後ろに立ち、理沙がマンションのドアのベルを鳴らした。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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