Logo for novels

EMR(23)

理沙は思いついたことをすぐに知らせたくて、ハリーに電話した。
「ね、私、警察に協力できることを思いついたんだけど、あなたはどう思うか、あなたの意見が聞きたいんだけど、今からうちに来ない?」
「へえ、どんなこと?」
「電話では、説明しにくいわ」
「じゃあ、今から行くよ」
 ハリーは、三十分後には理沙の部屋のドアの前に立っていた。
「何だい?僕達が警察に協力できることって?」
 ソファーに座るや否や、ハリーは聞いた。
「刑事が『ジーンズ・オンリー』に現われるすぐ前に、誰かからムハマドに電話がかかってきて、ムハマドは慌てて『ジーンズ・オンリー』の店を出た。そして、私を監禁した時も、誰かからムハマドに電話がかかってきて、ムハマドは慌てて小屋を出て行った。どちらの場合も、後で警官がそこに現われているわ。これは偶然とは思えないわ」
「ということは・・・」
 ハリーの目がきらりと光った。
 理沙は大きくうなずいて言った。
「警察署の誰かが彼に情報を流していたんじゃないかしら」
「警察にスパイがいるっていうことか。そうすれば、ムハマドの行動は理解できるね」
「そう。スパイがいると仮定すると、そのスパイをEMRで見つけ出すことができるんじゃない?」
「そうだね。そうすると、警察の協力を得なければいけない。それも、相手に気がつかれないようにね」
「マークにはEMRのことを話したわね。だからマークにこのことを話したら、どうかしら?彼のほうではムハマドもアバスも行方が知れなくなっているから、焦っていると思うの。警察側にいるスパイをみつければ、そのスパイを利用してムハマドをおびき寄せることも出来るんじゃない?」
「ううん。EMRを使うって言ったってね、具体的にどう使えばいいんだろ?」
「それは、私に考えがあるの」と理沙はハリーに自分の考えた計画を話すと、ハリーは「それじゃあ、僕は責任重大な仕事をやらされるわけか」とため息をついた。
ハリーの自信なさそうな様子を見て、「あなたがやるのがいやなら、私がやるわ」と理沙
が、言うと、ハリーはほっとした顔で、「じゃあ、頼むよ」と言った。
昼過ぎに、ハリーと理沙はマークに会いに行った。理沙はマークに助けられたお礼にとワインを手にしていた。
 マークは、夕べ一睡もしていないようで目が赤く、髪の毛もぐしゃぐしゃ、着ているワイシャツもしわくちゃになっていた。家にも帰らないで泊り込みだったようである。理沙がワインを渡すと、
「いや、僕は自分の仕事をしただけだから」と言いながらも「ありがとう」と言って受け取った。
 ハリーが、話を切り出した。
「僕達、色々考えると、警察の情報が事前に相手に伝わっているように思えてきたんですが・・」
「ええ。僕もそれは感じていますが、だからといって、そのスパイを見つけ出すことはちょっとできそうにないですね。お二人の話では、明日が決行日だそうですから、もう時間がない。ともかく今は必死でムハマドの居所をつきとめることを優先させているんですよ」
「それで、何か手がかりがありましたか?」
「いや、ムハメドが弟と一緒に住んでいるマンションに見張りの警官を置いていますが、ムハメド達はマンションには戻って来ていないみたいです」
「ムハメドの友人関係は調べたんですか?」と、理沙が聞いた。
「勿論調べましたよ。あのムハメドと会っていた人物はハサームと言って、ムハメドと弟が通っている教会の指導者だと、分かりました」
「じゃあ、やはりイスラム教過激派が関与しているんでしょうか?」
「それは間違いありません。ムハメドは去年6ヶ月母国のパキスタンに帰っています。ですからパキスタンでアルカイダのゲリラ訓練を受けた可能性があります」
「やっぱり、そうだったんですか。ところで、ムハマドの捜査に関わっている刑事さんは何人いるんですか?」理沙が聞いた。
「中心になってやっているのは、僕を含めて五人です」
「警察署にはその五人しか、ムハマドの自爆テロ計画を知らないわけですね」
「そうです」
 理沙は、思い切ったように、言った。
「その五人の人を一人ひとり面談させてもらえませんか?」
「面談して、どうするんです?」
「EMRを使って、心の声を聞くんです。そうすれば、誰がスパイかすぐ分かるはずで
す」
 理沙の提案を聞いてマークは、腕を組んで宙を睨んだ。どうしようか迷っているようである。

著作権所有者:久保田満里子

コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2024-04  >
  01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー