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EMR(24)

 ハリーも側から理沙を応援した。
「スパイが分かれば、そのスパイにムハマドをおびき出させるのです。そうすれば、事件解決につながるんじゃないですか?」
 今のところムハマドの居所は分からない。その焦りもあったのか、しばらく考えていたマークが
「それじゃあ、やってみましょう」と同意した。
「そこで、これがスパイを見つけ出すための面談だ何て言わないで欲しいのです。あくまでも私達を、自爆テロの情報を手に入れたので、それをもとに捜査をしてほしいと依頼しに来た一市民ということにしていただきたいのです。相手を下手に警戒させたくありませんからね」と、理沙が言った。
「いいでしょう」と答えてマークは椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、この部屋で待っていてください。一人ひとり、ここに来させますよ」と言って、マークは出て行った。
 部屋に残されたハリーと理沙は、ちょっと不安な面持ちだった。理沙はEMRを耳につけて、自分の椅子を今さっきマークが座っていた椅子の横に動かした。どんな人物が来るかと不安と期待の入り混じった思いで待つこと五分。
 最初に現われたのは、中肉中背の三十歳くらいの男だった。髪は黒く、南ヨーロッパ系の人に見えた。
「僕は、フランシス・カーロスです。何か、テロリストについての情報を提供しに来たとマーク・クロフォードから聞きましたが」と、座るなり言った。せっかちな人らしく、せかせかとした話し方だった。
「私、林理沙と言います。刑事さん、私、本当にこわいんです。助けてください」と言って、理沙はフランシスの腕をつかんだ。
「夕べスカイプを使って日本にいる母と話していたら混線したらしく、『確かに一月十七日午前八時に、メルボルン・セントラルを自爆します』と言う男の人の声が聞こえて、びっくりしたんです」
 フランシスは、理沙の話を聞くことに集中していたためか、理沙が腕をつかんでも、腕を引っ込めなかった。フランシスの心の声が、理沙に聞こえてきた。
「この女の言うことは、先日入手した一月十七日の自爆テロの情報とよく似ている。時間は午前八時というと、ラッシュアワーを狙う気だな。午前八時のメルボルン・セントラルと言うと、人も込んでいて、大変なことになるぞ」
 フランシスは、理沙に向かって「どうも、貴重な情報をありがとうございます」と言って、メモを取ろうとして、初めて理沙に腕を取られているのに気がついたようだ。そして、
バツが悪そうに、手を引っ込めるとメモをとった。
「その男の声は、何歳くらいに聞こえましたか?」
「何歳くらいかって聞かれても、ちょっと判断しかねます」
「その混線が起こったのは、いつのことなのですか?」
「夕べのことです。午後十時頃でした」
「それで、その男は英語で話していたんですか?」
「はい、そうです。でも、外国訛りがありましたわ」
「どんな訛りですか?」
「どんな訛りかと言われても、言語学者ではないので分かりません。ただ日本人でないことだけは、間違いありません」
「どうして、そんなことが言えるんですか?」
「だって、自分が日本人だから、日本人の英語って私にとっては分かりやすいんですよ」と、理沙は半分笑いながら答えた。
 メモを取り終わると、フランシスは、
「貴重な情報をありがとうとうございます。これからも何か情報が入ったら、知らせてください」と言って、名刺を理沙に渡し、部屋から出て行った。
 フランシスが部屋を出るや否や、ハリーが聞いた。
「どうだった?」
「あの人はスパイじゃないわ。私の言ったこと、信じたもの」
「ははあ、君はガセネタを与えて、それで相手の反応を見る気なんだな」
「そう。あなたがムハマドの名前を聞き出したのと同じ方法よ」
「君は、僕が思ったほど、馬鹿じゃないんだな」とハリーがにやけながら言うのを聞いて、理沙は腹が立ってきた。
「そんなに私が馬鹿だと思っていたの?」
「自分から危険なものに飛び込んでいくのは、馬鹿しかやらないことだからね」
「正義感が強いといって欲しいわ」と理沙は抗議したが、ハリーは取り合わなかった。
 ドアをノックする音がしたので、二人はまた姿勢を正して、次の刑事を迎えた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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