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私のソウルメイト(16)

 翌日は、京子に付き添って、家具屋を回った。京子はイタリア製の凝ったデザインのある家具が好みのようだった。テーブルや食器入れなどはすぐに決まったのだが、ソファーはなかなか気に入ったのが見つからず、5,6軒のお店を見て回った。京子や私の体型に合うようなものがなかなか見つからなかったのだ。どのソファーも大きすぎて、私たちが座るとソファーに体全体が沈み込んでしまってすわり心地がよくないし、立つときも往生する。6軒目にやっと我々にちょうど合うような小さなソファーが見つかった。その花柄模様のソファーを、京子は来週自分のアパートに送ってもらうように依頼して店を出た。その後二人でカフェーに入って、京子はカフェラテを、私はカプチノを注文した。
「ロビンとは連絡取ったの?」と、京子が聞いてきた。
「とるわけないじゃない」
「まだ、退行催眠に興味を持っているの?」
「勿論よ。退行催眠をしてくれる人誰かいないか聞いてみてくれた?」
「聞いてみたわ。本人は誰も知らないけれど、友達に聞いてみてくれると言ってくれたから、そのうち誰か見つかると思うわ。でも、本当に退行催眠をうけるつもりなの?」
私は黙って頷いた。
「先日あなたから臆病者だと言われて、どうしてなのか、考えてみたのよ。私って父の反対を押し切ってオーストラリアに来たし、アーロンの反対を押し切って仕事も始めたし、特別臆病者なわけではないと思っているんだけど、なぜだか恋愛のことになると臆病になるのよ」
「どうしてだか、わかったの?」
「原因は、母を7歳のときに亡くしたことだと思うの。母は私をかわいがってくれたんだけど、私が7歳のとき、車に轢かれて、突然死んでしまったの。その時、子供ながら自分の人生がひっくり返ったような気持ちだったわ。人を愛しすぎると、その人を失ったとき、どんなにつらい思いをするか身をもって知ったのね。たとえばやかんのお湯で大やけどをすると、やかんに近づくのもこわくなる、それと同じことね。もうこんなつらい思いをするのはまっぴらだと思っていたのね。そしたら無意識に、そういう状況になるのを避けるようになったんだって、分かったわ」
「でも、アーロンとは結婚したじゃない」
「そうなの。でも、今から考えてみれば、アーロンと熱烈な恋愛をして結婚したというわけじゃなくて、アーロンの積極さに負けて結婚したんだと気がついたわ。結婚する前も、してからもアーロンに対しても、一歩距離をおいて見ていたわ。ダイアナが生まれたとき、すごく落ち込んだの。どうしてかっていうと、母が亡くなった時のどうしようもない寂しさがよみがえってきたの。だって、ダイアナが生まれることによって、アーロンとダイアナと切っても切れない絆ができたと思うと、またアーロンとダイアナとの別れが来た時に、母が亡くなくなった時のあの孤独感をまた味わわなければいけないと思うと、落ち込んでしまって泣いてばかりいたわ」
「ふーん。あんたにとってお母さんの死がいまだにトラウマになっているわけだ」
「そうだと思うの。だから、ロビンに対しても積極的になれないの。でも一方で、自分の気持ちに素直になったらと思うことがあるし。京子さんのように自分の気持ちに素直に生きれたら、どんなに素敵かと思うんだけど」
「えっ?私がうらやましい?私はあんまりあんたのように自分の気持ちがどうだとか考えたことないわ。私はあんたのほうが羨ましいわ。もうこの年になったら誰かに心ときめかせるなんてことないもの。まだ誰かを好きになれるあんたのほうがよっぽど羨ましいわよ。私が胸がときめくのは、懸賞に当たったときぐらいのもんね」と言って、京子はニヤッとした。
「もう、実際にロビンに会うこともないと思うの。でも、いつも彼のことが心の片隅について離れない。何とかその気持ちの整理をしたいだけよ。それに、たとえ彼が私のソウルメイトだと分かったとしても、もう今生では一緒になることはないと思うけど、次に生まれたときは一緒になりたい、そういう気持ちなの」
「ふうん。つまり、結論は先に延ばすというわけだ。でも、人生短いんだから自分の気持ちに正直になってもいいと思うんだけどね。やっぱりあんたは臆病者だわよ」
「そうね」私はさびしく笑った。

著作権所有者:久保田満里子



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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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